『咲良は上手に説明したい!』(滝沢志郎 著)

 読みたい! 今すぐトリセツ(取扱説明書)を! 本書を読み終えて、真っ先にそう思った。

 物語は、主人公の石川咲良が横浜駅構内で呆然としている場面から始まる。短期アルバイトとして勤務している咲良が目にしているのは、ホワイトボードに書かれた「現在の鉄道運行状況」のお知らせで、これが咲良にはちっとも理解できない。「親切な駅員が一生懸命に正確を期して書いた」ものなので、書かれている“事実”はわかる。けれど、それを踏まえて、利用客が具体的にどう動けばいいのかを伝えられないのだ。

 利用客からの質問攻めに、軽くパニクってる咲良の前にあらわれたのは、一人の女性。彼女はホワイトボードに書かれていた文章を全て消し、新たに書き始める。最初の一文は「品川駅・東京駅へ行くには!」だ。その後に、手段としての二択を書き、さらに続けてこう書いた。「JRはあきらめて!」。「羽田空港へ行くには!」とし、「直通バスを利用(当駅東口から)」、「【注意】現在、鉄道では行けません。」

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 最初に駅員からのお知らせを読んでいるので、読み手も咲良同様に、おおぉっ、となる。利用者目線で、めっちゃわかりやすい。

 この、謎の女性――テクニカルライターの浅倉響――との出会いが、咲良の運命を変える。響の鮮やかな手腕(と美貌)に惹かれた咲良は、渡された名刺から社名を検索。響の会社がテクニカルライターを募集していることを知る。経験不問の文字に、ダメ元で応募したところ運良く採用された咲良。彼女の指導を任されたのが響で、ここから、テクニカルライターとしての咲良の日々がスタートする。

 明るくテンポの良い文章もいいのだけど、何よりもテクニカルライターがどういう仕事なのか、具体的に物語に落とし込む手際がいい。読み手は、主人公の咲良とともに、仕事への理解を少しずつ深めていくようになっているのだ。巧い!

 さらに、本書で取り上げられている実例が「AEDの使用を想定した救命マニュアル」「ベビーカーのマニュアル」「トイドローンのマニュアル」というのがたまらない。AED、ベビーカー、そして玩具。日々の暮らしと密接にかかわるものを題材にしたセンスの良さは、自身が現役のテクニカルライターでもある作者を支える“核”だろう。

 働く女性が直面する現実的な問題(響の元同期で、今は別会社で働くライバルでもある北条都=ミヤの現在、等々)にも目配りされていて、胸熱。響―咲良ラインと同様の、ミヤ―志のぶラインの舟木志のぶ(ミヤの後輩)や、響とミヤが師匠と仰ぐ、テクニカルライターの草分け的人物の段原龍彦(咲良の脳内イメージは海原雄山)のことも、もっと読みたい。傑作シリーズ(きっとなる!)幕開けの一冊である。

たきざわしろう/1977年生まれ。テクニカルライターとして活動する傍ら、2017年、『明治乙女物語』で松本清張賞を受賞し小説家デビュー。他の著書に『明治銀座異変』『エクアドール』『雪血風花』『月花美人』がある。

よしだのぶこ/1961年生まれ、青森県出身。本の雑誌社を退社後、ライターとして幅広く活躍。著書に『恋愛のススメ』。

咲良は上手に説明したい!

滝沢 志郎

PHP研究所

2026年2月19日 発売