レントゲンで入れ歯を見つけられなかったワケ
解剖の結果、私は「咽頭部の義歯の嵌頓(かんとん)に基づく肺炎」と死因を診断しました。肺炎を引き起こした原因は、咽頭部の膿瘍だったと考えるのが妥当でしょう。
要するに、喉の奥に入れ歯がはまっているので、当然食べ物は喉をとおりません。それでも食べようとした結果、そこから感染が広がり、たまった膿が肺にまで広がったと考えました。もしくは、食べようとしたものが隙間から気管に入り込み、それを誤嚥して誤嚥性肺炎にいたった可能性もあります。
最初のレントゲン検査で入れ歯がみつからなかったのは、総入れ歯は樹脂のみでできていてX線が透過するため写りにくく、しかも喉の後ろ側には首の骨(頸椎)があるため入れ歯と骨がX線写真で重なってしまい、判断しづらくなっていたのが原因です。
さらに、女性の甲状腺が通常よりも大きかったことと、精神疾患の既往歴、そして医師の思い込みといった要因が絡まり、医療過誤を引き起こす結果となったのです。この結果が出たあと、私もあらためて女性のレントゲン写真を見直しましたが、たしかに同じ医師の目からみても「入れ歯は見当たらない」と診断をくだしてしまうのも無理はないと感じました。
検証のため、後日レントゲン写真の濃淡を調整して、解剖結果と比較しながらようやく「これが入れ歯かも?」とギリギリ認識できた程度でした。事実、ほかの複数名の医師が同じレントゲン写真をみましたが、その1枚だけで入れ歯を発見できた人は皆無でした。
女性の死は防げたはずだった
では、女性の死は仕方なかったのかと問われれば、そうともいい切れません。
医師が最初の時点で喉の奥までしっかり診察すれば、目視で入れ歯はみえた位置にあったはずです。「入れ歯を飲み込んだ」と訴えているのだから、担当医は当然「では口の中をみせてください」と言うべきだった。その診察を省いて、即、レントゲン室に送ってしまった。
また、担当の診療放射線技師に「誤飲の可能性がある」等の患者の事情を一切告げず、ただ「レントゲン写真を撮ってくれ」とだけ指示を出していた点も惜しまれます。もし入れ歯について伝えていれば、診療放射線技師が、正面像だけでなく頸椎と入れ歯が重ならずに撮れる側面像も追加したり、もっとはっきり写るCT撮影を勧めてくれたりしたかもしれません。そうすれば、入れ歯が写り込んだ可能性も高まったはずです。
精神疾患という既往歴ゆえに、患者の訴えを「虚言、妄想」として流してしまった。レントゲン写真には、すべてが写り込むわけではない。診察の手間を惜しまない。医師は診療放射線技師にできるだけ多くの情報を伝え、撮影のプロとして頼る。既往歴に惑わされない。医療従事者はこのケースを他山の石として、多くのことを学べるはずです。
