人間は、かくも簡単に死んでしまうのか――事件・事故で亡くなった死体や、死因が分からない「異状死体」を解剖し、身元確認や死因の究明を行う「法解剖医」の飯野守男氏は、これまでさまざまなケースを見聞きしてきたという。

 そんな飯野氏による新著『法医学教授が教えている 死体の授業』(飛鳥新社)から、不運な事故と医療ミスによって亡くなってしまった事例を紹介する。

画像はイメージ ©nozomin/イメージマート

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「総入れ歯を飲み込んでしまった」女性のケース

 ある朝、60代の女性が「朝食中にパイナップルと一緒に、総入れ歯を上下とも飲み込んでしまった」と訴えて救急病院に運ばれてきました。

「入れ歯なんて大きいものを飲み込めるの?」と思われるかもしれませんが、義歯(入れ歯)の誤飲は、部分入れ歯のみならず総入れ歯でもめずらしくなく、高齢者にとりわけ多くみられます。

 この女性の場合は上下ともに総入れ歯でしたが、夫がすぐに救急車を呼び、駆けつけた救急隊員によって「上の入れ歯」はその場で無事に摘出されました。ところが、運ばれた先の病院でも「下の入れ歯」が見当たらなかった。女性は問診後、すぐにX線検査で頸部(けいぶ) と胸部、つまり喉と肺のレントゲン写真を撮ったのですが、なにも写っていませんでした。

「もしかするとすでに胃に落ちたのでは」という可能性を考えて腹部の撮影も追加しましたが、やはりなにも見当たらない。そして、女性のカルテをみると「精神疾患の既往歴」がある……。

 そこで診察にあたった医師は、「この精神疾患に多い妄想だろう」と考えたのです。