人間は、かくも簡単に死んでしまうのか――事件・事故で亡くなった死体や、死因が分からない「異状死体」を解剖し、身元確認や死因の究明を行う「法解剖医」の飯野守男氏は、これまでさまざまなケースを見聞きしてきたという。中でも衝撃的だったのが、パイナップルと一緒に総入れ歯を丸ごと飲み込んでしまったと病院に駆け込んだ60代女性のケースだ。
病院では上の入れ歯は摘出されたものの、下の入れ歯は見つからず既往歴から医師は「妄想」と判断。しかしその後、女性は徐々に衰弱していき、死亡した。一体何が起こったのか。飯野氏の著書『法医学教授が教えている 死体の授業』(飛鳥新社)から、一部抜粋してお届けする。
◆◆◆
なぜ、女性は亡くなってしまったのか?
「総入れ歯」は上下でまったく形状が異なります。上の入れ歯は上顎前面を覆ってカポッと吸着するような半円状ですが、下の入れ歯は舌のスペースを邪魔しないようなU字型になっています。
なにが女性を死に追いやったのか。解剖によって、その原因を突き止めることが私たち法医解剖医の仕事です。ここからは、解剖によって、なにがどのようにわかったかを解説していきましょう。
まず、解剖した肺の状態は最悪でした。肺を切ると膿瘍(膿のこと)がにじみ出てきます。肺胞は本来であれば、空気がとおるようなスポンジ状になっています。しかし、のちに肺の病理組織を顕微鏡で確かめたところ、女性の肺は好中球(白血球の一種)が増加して炎症を起こし、隙間がみっちりと埋めつくされていました。重篤な肺炎の所見です。
また、死亡した女性は甲状腺腫大(甲状腺が大きい状態)があったことが死後に明らかになりました。のどの前側にある甲状腺の腫れにより気管が狭くなり、入れ歯が引っ掛かりやすかったのではないか。
そう推測した私は取り出した咽頭を切り開き、粘膜の剥がれ落ちた痕、すなわち潰瘍をみつけ出しました。U字型のその痕に研修医が取り出した「行方不明だった下の入れ歯」を重ねたところ、両者はぴったり一致したのです。
