「今まで本当の森保一監督の姿を見てなかったんだなと気付きました。見た目に騙されて、ただのいい人だと思っていた。でも、取材で怒られたときの怖さや選手への厳しい指導の意味がようやく腑に落ちました」
長崎の漁師町で育ち、中学校の卒業式には金髪で現れる。友達が上級生にイジメられると、仲間を集めて殴り込みをかける……。義に篤いやんちゃ少年は、後にサッカー日本代表を歴代最多勝に導く名将となる。
「監督自身がおっしゃっていた事ですが、中学生の頃に周囲を盛り上げたいと思った気持ちと、今、日本国民をサッカーで楽しませたい気持ちは、規模が大きくなっただけで一緒だそうです。監督がテレビのインタビューで最後に言う『共闘応援よろしくお願いします』という言葉の通り、みんなで戦うことが好きなんです」
選手として日本代表にも選出され、引退後は監督としてJ1優勝を掴み取り、現在は日本代表の指揮官に。順調にも見えるキャリアの裏には数多の困難があった。
「元々サッカー選手としてはエリートとは言えないんです。地元長崎のサッカーの名門校・国見高校には進まなかった。高校卒業後はマツダの実業団チーム(現・サンフレッチェ広島)に入団するも、チーム内で1人だけ子会社採用。苦汁を舐めながら結果を出し続けて這い上がってきた、まさに“逆転”の人生なんです」
「Number Web」の連載から生まれた本書。監督の半生に迫る内容に、本人を怒らせているのではと不安に感じていたという。
「第1回の公開後、取材中に監督の方から近づいてきて『読んだよ』と。内容については『取材して思った通りのことを書いてくれればいいから』とだけ。地元でも記事を話のネタにしているそうですし、連載開始後のインタビューにも応じていただきました。監督の器の大きさを感じましたね」
所縁のある長崎・広島・仙台での取材や本人インタビューを通じて見えてきた本当の“森保一”の姿。その成長の背景には今は亡き2人の恩師の存在が大きい。
「1人目は高校時代の顧問の下田先生です。森保少年がサッカー部に行かなくなってしまった時に、お父さんに『私が責任を取ります』と言ってまで連れ戻した。そこまでしてくれた先生から多くの戦術を学んだはずです。もう1人はマツダの監督、今西さん。社会人としての礼儀や選手の心構え、プレーできる環境への感謝の心を教わりました」
練習開始前の無人のスタジアム。四方向にお辞儀をする監督のルーティンは、そんな恩師から学んだ感謝の心の現れに違いない。
「日本代表の試合前日の食事には鰻が出ます。そこで監督は必ず3枚取るんです。トイレも端から3番目。なぜなら試合に勝つと勝ち点3だから。ゲンを担いだり徳を積めば、試合でゴールになるか紙一重の際どいところで運が向くんじゃないか、と考えているそうです。失敗すると二度とチャンスを貰えない状況から登り詰めた人だからこそ、勝利のためにできることは全部やる。その執念深さとチームへの思いが上手く重なり合っているんです」
今月11日に開幕するFIFAワールドカップでも名将の活躍に期待が高まる。
「前回(2022年)のドイツ戦では、前半に猛攻を浴びて苦しい展開でした。それを、ハーフタイムから守備の戦術をマンツーマンに変えて、攻撃が得意な選手を次々投入して逆転勝ち。大一番で神がかった采配ができる監督なんです。W杯をきっかけに、普段サッカーを観ない人にも森保監督に注目してほしいですね」
きざきしんや/1975年生まれ。中央大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了。2002年にスポーツ紙の通信員としてオランダに移住し、03年からドイツに移りブンデスリーガを取材。現在は『Number』などに寄稿している。著書に『直撃 本田圭佑』など。

