ストレスで変わった夫に「ブタ」呼ばわりされ、壮絶なDVを経験
――精神的に支えてくれていたはずなのに、何かきっかけがあったんですか。
トレオレル きっかけは、彼が学習塾で働きはじめたことです。彼の職場は成績が優秀な子が集まっていたこともあり、とにかく激務だったんです。平日は授業の準備をして、土日も補講があって、毎日始発まで働いていました。
――終電で帰る、よりもさらにハードですね……。
トレオレル だんだん、私から見ても分かるほどに彼の目や肌の色が「土っぽい色」に変わっていき、ストレスを私で発散するようになっていきました。
彼が家に帰ると、毎回「点検」が始まります。いろんなところを埃がないかチェックして、あれば床に座らされて説教。基本的に彼が家にいる時は、私は床に座らされて。そうやって上下関係を示していたんでしょうね。
さらに何か作ったものがあると、鍋の蓋をあけて「うわ、まずそうだな」と毎日のように言われて。ゴミ箱をあさって無駄遣いしてないかもよくチェックしていました。当時、私は働いていなかったので、買い物は週に一度、業務用スーパーに連れていってもらった時のみ。その時に「これを買ってもいいでしょうか」とお伺いを立てるんです。「無駄遣い女め」と罵られて、却下されることもよくありました。
――ストレスを抱えていたとはいえ、ひどい。
トレオレル 他には、腐った食べものに対して「美智子ってる」という言葉をよく使っていました。私が棚をうまく閉められないとかミスをよくするので、良くないこと、悪い状態=美智子だと。私自身は「ブタ」とあだ名をつけられて、ずっとブタと呼ばれていました。
――経済的・精神的にも明らかにDVですね。当時の心境はどのようなものでしたか。
トレオレル 結婚してから1年後、2006年に長女が生まれたのですが、私は大学に行っていないから、子どものために我慢しないといけない。耐えて、育て上げてこそ、母親なんだ。ずっとそう考えていました。
子どものうんちがついたオムツを顔に投げつけられても「私がダメなんだ、もっと良くなろうとします、ごめんなさい」みたいな感じでとにかく申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
――そんなひどい仕打ちを受けながら、離婚はされず、2008年には第2子も出産されました。
トレオレル 私には弟がいて、4人家族で育ったので何となく「4人いれば、家族になれる」「次に男の子が生まれて、子どもが2人になればきっと完璧な家族になる」と、考えていたんです。2人目が生まれたら夫も変わるかもしれない、という希望もありました。