淡い希望は打ち砕かれ、夫のひどい仕打ちは変わらず続いた
――実際のところは、どうだったのでしょう。
トレオレル 第2子の妊娠中も、夫の嫌がらせは続いていました。例えばショッピングモールに3人で買い物に行って、私がカートを返しに行ってる間に、夫が車で先に出発するんです。それを私が走って追いかける、ということが何度かありました。
あと、彼は長女を抱っこしないし、荷物も持ちません。私がぜんぶやっていたので、ずっとお腹が張って痛かった記憶があります。無理がたたって破水して、長男は早産で生まれました。その時の病院は個室だったこともあり、彼からはずっと怒鳴られっぱなし。結局、何も変わらなかった。
――そうした状況を、周りには相談していたのですか。
トレオレル 母にはすべて話していたのですが「たしかにひどいね」とは言われても「離婚しなさい」とは言われなかったです。私の両親としては「娘は大学に行っていないし、経済力がない。離婚してもなかなか次の相手も見つからないだろうし、子どもたちも育てられなくなってしまうかもしれないから何とか頑張ってほしい……大学には行けなかったけど、家庭を持てて良かったね、何とか頑張って」という葛藤もあったんだと思います。
いかにして彼女は絶望の日々から逃げ出したのか
――そうなんですか……。
トレオレル とはいえ、いつも母は私の状況を見て心を痛めてくれていて「助けになれば」とお金をくれることもありました。そのお金で娘にドーナツを買ってあげたら、ゴミ箱をあさっていた夫にレシートを見られて、ものすごく叱責されて……。
娘を幸せにするための行動も許されないなんて、もう限界だ、と思うようになっていました。でも、苦しさや辛さはあっても何か行動を起こすようなことはできなくて、ただ泣いているだけの日々でした。
続く記事では、トレオレルさんがどのようにDV夫から逃げられたのか、そしてその後に待っていたさらなる壮絶な経験などを聞いています。あわせてお読みください。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。
