細木は、萩原に自分の家族の話をよく聞かせたという。
「父・之伴(ゆきとも)さんは政治活動をしていて、自民党の大物政治家・大野伴睦と親しくしていたと教えてくれました。お姉さんは道玄坂にいて僕も何度も会っています。妹さんは、養女で後継者となったかおりさんのお母さん。弟さんとは仲たがいしていたけど、家族仲は良かったと思います」
ホスト通いの狙いは?
萩原が細木のマネジャーとなったのは2004年ごろ。荒れた生活を送りトラブルも起こしていた萩原を見かねて、「うちで面倒みるからこい!」と半ば強引にスカウトした。それから萩原は、細木のマネジャー兼運転手として、一番間近で細木に接することになる。
当時の細木はメディアに引っ張りだこだった全盛期。本業の占いでは「六星占術」本が、大ベストセラーになり、60代にして進出したテレビでは歯に衣着せぬ毒舌で大ブレイク。瞬く間に時代の寵児となった。
さらに、冒頭で紹介したような贅沢三昧の生活も話題だった。「テレビは時給400万」「年収は18億」などと公言し、ドラマでも描かれているようにホストクラブで豪遊しては週刊誌で大きく取り上げられた。
「確かに歌舞伎町には顔見知りのホストKがいて忘年会などに顔を出していましたが、プライベートではほとんど行かなかった。ホスト通いはイメージ戦略だったんですよ。行く時はテレビのスタッフなどをつれて目の前で100万、200万を自分で払う。すると、その情報が外部に伝わって記事になる。その結果、『細木数子ってスゴい』っていうイメージがついて本が売れるし、テレビでの人気にも繋がる。無駄なお金の使い方はしない人でしたから、ホストクラブで高級ボトルを入れてもその場で飲まずに持ち帰り、盆暮れの贈答品にしていたくらいです」
※この続きでは、おさるやレイザーラモンHGなど細木数子と浅からぬ因縁を持つ人物たちが証言しています。約7200文字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年7月号に掲載されています(宇都宮直子「細木数子、私たちの“地獄体験”」)。
■宇都宮直子(うつのみや・なおこ) 1977年千葉県生まれ。多摩美術大学卒業後、出版社勤務などを経てフリー。2025年に『渇愛〜頂き女子りりちゃん〜』で小学館ノンフィクション大賞を受賞
