もちろん、そんな場面に遭遇したい人は誰もいませんが、万が一にでも刺されそうになったときは、逃げると同時にとにかく「胸」と「首」を守りましょう。

刃物が刺さっても絶対に抜いてはいけない

では、もしも実際に刃物で刺され、その刃物が刺さったままの場合、どのように対処すべきでしょうか?

体に刃物が刺さっているのですから、心情的には一刻も早く抜きたくなるでしょう。しかし、刃物が刺さったままの場合の基本は、「絶対に抜くな」です。動脈や心臓に刺さっているのであれば、無理に抜こうとはせず、そのままの状態で救急車を呼んでください。

ADVERTISEMENT

大きな血管に刺さっている状態の刃物は、血流をせき止めるふたのような役割を一時的に果たしています。それを抜いてしまうと、血が一気に溢れ出して、大量出血を引き起こす可能性が極めて高い。

刺さっている刃物をできるだけ動かさないように、布などで周囲を押さえ、固定した状態を保ってください。

過去に私が解剖を受けもったケースで、女子大学生が自宅を訪れてきた元恋人に胸を刺され亡くなった痛ましい事件がありました。

被害者の母親が帰宅すると、家には胸にナイフが刺さった娘が倒れて「痛い、痛い」とうめいていた。母親はすぐに救急車を呼び、娘の胸に刺さっていたナイフを必死で抜き取りました。

体からナイフが抜かれた直後、娘は「お母さん、ありがとう」とだけ言って意識を失います。直後に救急車が到着して病院に運ばれ、手術が行われましたが、被害者は心臓からの出血により脳血流が低下し脳死状態となり、そのまま亡くなりました。

「ナイフを抜かなければ助かったのに…」

その手術にかかわった心臓外科医が、「ナイフを抜いてさえいなければ、助かったはずなのになぁ。俺は助けられたのに」と悔しそうに言っていたことが忘れられません。

ただし、医療関係者はその事実を被害者の母親に伝えることはしませんでした。

「苦しんでいる娘を自分が少しだけラクにしてあげられた。『お母さん、ありがとう』という感謝が娘の最期の言葉だった」という事実に、被害者の母親が絶望の中にわずかな慰めを見出していたからです。