国内外の政治家をユーモラスに、かつ鋭い風刺を漫画という形で描いてきた針すなおさんが、朝日新聞の連載を終えた。針さんが半世紀以上にわたるそのキャリアを振り返る。
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3月7日付けで朝日新聞の「政治漫画」の連載に区切りをつけました。朝日には1960年代後半から漫画を掲載してきましたから、かれこれ60年近く描き続けていたことになります。「まだまだ描ける」という気持ちもあるのですが、もう93歳になりました。これだけ長く第一線で仕事を続けられるというのは、他の業界でもそう多くはないことでしょうから、ありがたいことです。
まだ駆け出しの頃、私は大人向けの漫画を描く漫画家グループ「漫画集団」に属していました。ここの親分的存在だったのが、読売新聞専属で政治漫画を描いていた近藤日出造さんや、朝日新聞専属の清水崑さんです。若い頃は2人の背中を追いかけながら描いていました。
ある時、近藤さんに「政治漫画を描く時はどういうことに気をつければいいんでしょうか」と尋ねたことがありました。当時から「似顔絵の名手」として有名だった近藤さんは、こう答えました。
「似顔絵っていうのはね、ゾッとするくらい似てなくちゃダメなんだ」
当たり前のことながら、やっぱりそうかと思ったわけですが、別の日、清水さんに「近藤さんがこう言っていました」と言うと、清水さんは「ゾッとしちゃ気持ち悪いよ」と笑い飛ばすのです。偉大な先輩たちもそれぞれ考え方や持ち味が違うのだと知りました。彼らと同じようなことをしていてもダメなのだ、と。以来、自分なりの漫画を模索し続けてきたように思います。
絵を描くことは昔から好きでした。私の田舎は佐賀県で、実家は高伝寺というお寺。鍋島藩の菩提寺でもあるお寺です。当時は戦時下で、紙をふんだんに使える時代ではありませんでしたが、幸い、うちは檀家さんがお布施を包む時の紙があった。友達に「あいつの似顔絵は面白い」と褒められたのが嬉しくて、漫画家に憧れを抱くようになったのもこの頃です。
※この続きでは、手塚治虫が「頭を抱えていた」エピソードや、長年の仕事の中で特に印象に残っている作品が語られています。全文は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年7月号に掲載されています(針すなお「『政治漫画』を描き続けて60年」)。
