『六人部屋の十三年間』(頭木弘樹 著)

「入院はほとんどの場合、いきなり始まります。当然、心の準備もできていない。だから、どんな人にも気軽に読んでほしいし、自分が入院した時にこういう本を読みたかった、という思いで書きました」

 こう語る頭木弘樹さんは、20歳の時に潰瘍性大腸炎を患い、13年の闘病生活を送った。そのほとんどを過ごした病院の6人部屋での出来事や、出会った人たちのことを綴ったのが本書『六人部屋の十三年間』だ。

「まず『個室か、2人部屋か、6人部屋か』と聞かれたのですが、どうしたらいいか分からないわけです。僕の場合、個室は高いけどいきなり6人部屋はちょっとなぁ、と思って2人部屋にしたのが間違いでした」

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 同室になったのは、全身に入れ墨がある男性だった。弟分が持ってきた一升瓶の酒を、ベッドの上に仁王立ちになってグビグビ飲み……。その後、頭木さんは同室の者しか知りえない彼の姿を知ることに。かなり強烈な相手だが、この男性が病室を移った後も、頭木さんは2人部屋で苦労する。ずっと二人きりという濃密さに息が詰まるのだ。

 やがて6人部屋に移ったが、病室とは特殊な空間だ。病気の状況、家庭の事情にお金の相談など、すべてが筒抜けになってしまう。そこで見聞きした人間模様は剝き出しで、様々なドラマがある。頭木さんが何組もの夫婦の離婚をとめたというのも、6人部屋ならではのエピソードだろう。

「入院中の患者は不安や痛みに耐えながら、医者や看護師に対してとても気を遣っているので、どうしても家族とケンカをしやすくなります。普段はなんともない小さなヒビも、入院という突然の激震によって大きくなってしまうんです。なぜ若造の自分に相談するんだろうと当時は不思議でしたが、実は、病人って相談相手に選ばれやすいんです。その理由も入院中にだんだんわかってきました」

頭木弘樹さん

 医者も看護師もいない、患者だけの時間。病室の6人で最も熱心に話したのは、病状を医師にどう伝えるかということだった。ズキズキでも、ずーんでもない。ではどんな痛みか――みんなで話し合って、言葉を作り出していく。

「あれは不思議な時間でした。痛みの表現についてみんなで頭をひねるという、とても文学的なことが行われる。でもそれは、切実に実用的なシーンなわけです。それこそ命がけですからね」

 入院経験はない人も、お見舞いの難しさを感じたことはあるのではないだろうか。見舞い客の言葉に腹を立てたり、落ち込んだり。本書ではそんな患者たちの姿も描かれるが、それでも頭木さんは「『傷つく言葉リスト』には反対」だと書く。

「弱った人に会う時は、そんなつもりはなくても相手を傷つけてしまうことがあるのではないかと緊張すると思います。でも、だからといって相手を遠巻きにしてしまうのは本末転倒です。弱っている相手を傷つけてしまうのは避けがたいけれど、傷つけてしまったら調整していく。本当は、普通の付き合いもそういうものだと思うんです。それに、弱っている人というのは敏感なので、相手がどういう気持ちで言っているか、分かるんですよ」

 以前は、闘病生活の13年間を「空白期間だと思っていた」という。

「辛い体験だったので封印していたところもあって、今回の内容も、書きながら思い出していった感じです。以前は自分に社会経験がないということばかり気になっていたんですが、今は逆に、普通の人が見ない人生をいっぱい見てきたのかな、と思っています」

かしらぎひろき/文学紹介者。闘病中にカフカの言葉が救いとなった経験から『絶望名人カフカの人生論』を編訳。以後、さまざまなジャンルの本を執筆。著書に『絶望読書』『食べることと出すこと』『痛いところから見えるもの』等。