金正恩委員長も「安倍首相に会う」
では関係者が口をつぐむ中、徐院長は安倍首相にいったい何を伝えたのか。
内容は少しずつ漏れ伝わってきている。
韓国の外交筋は、「懸案解決のため、いつでも安倍首相と会う用意がある、といった金委員長の発言を伝えたようだ」と語る。
また別の関係者も「安倍首相と会ってもいいといった内容だ」と言う。
金委員長は、これまでも日朝首脳会談に意欲を示し、米国や韓国を通じて間接的に日本側に伝えてきている。
しかし、以前とは比較にならないほど安倍首相が前のめりになったところを見ると、何らかの具体的な提案をしてきた可能性がある。会談で取り上げる内容や、開催の時期や場所などについてだ。
そのヒントとなるのが、6月12日にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談だ。
「拉致問題も過去の交渉にこだわらない」
金正恩委員長は、首脳会談開始前に隣に座るトランプ氏に対して、「われわれには足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が時にわれわれの目と耳をふさいでいたが、全てを克服してここまで来た」と会談実現への努力を語っている。
現在韓国に住む北朝鮮の元高官は、この発言に注目し、日朝首脳会談について「金正恩委員長は間違いなく、日本人の拉致問題についても過去の交渉にこだわらず、新たに始めるつもりだ。安倍首相が飛びつくような材料を用意している」と話す。
失望する北朝鮮の新興富裕層
この発言は、北朝鮮側の事情も色濃く反映されている。
じつは北朝鮮では、すでに事実上「市場経済」が導入されており、「10万ドル(約1000万円)以上を持っている新興富裕層が10万人以上いるとされるが、その人たちが金委員長に失望し始めている」(北朝鮮経済に詳しい専門家)という。
核開発を放棄して、経済を再建すると国民に約束しているのに、米朝首脳会談後も何もできていないからだという。
そこで日本との関係改善を急ぎ、経済支援を引き出そうとしているのだ。
「例えば、公表されていない拉致被害者の帰国など、安倍首相のメンツが立つような形で準備を進めているはずだ。日朝首脳会談は早ければ今年11月にも行われるだろう」と前出の脱北元高官は続ける。
「終戦宣言」と「非核化」の綱引き
北朝鮮側は経済支援に加え、日朝首脳会談にもうひとつ狙いを込めている。
肝心の非核化をめぐる米朝の高官協議は今、大きな壁にぶつかっているが、この突破口とすることだ。
現在休戦中の朝鮮戦争に「終戦宣言」を出すことと、北朝鮮が「非核化」に向けて具体的な日程、内容を発表すること。どちらを先にするかで、米朝は綱引きをしている。
北朝鮮はもちろん、実質的に戦争状態を終わらせる「終戦宣言」を先に実現しなければ、核・ミサイルの放棄はできないと主張している。「米国の要求は強盗と同じだ」と国営メディアを使って反発もしている。
たいして米国側は、「終戦宣言」は北朝鮮に軍事オプションが使いにくくなるため、時期尚早だと考えている。
「ほかの取り組みよりも前に非核化を進めなければいけない。それが私たちの方針だ」(8月29日、米国務省のナウアート報道官の記者会見)と、「先・終戦宣言」を明確に否定している。
北朝鮮が狙う「米国の孤立化」
金正恩委員長は、この膠着状態を、トランプ大統領との二度目の会談で、直接打開しようとしている。
トランプ大統領は、9月11日に発売されたホワイトハウスの内幕暴露本の影響で、政権内部はガタガタだ。11月の中間選挙前に、交渉が続いている北朝鮮問題で、何らかの成果を挙げたいと願っているのは間違いない。
北朝鮮ペースで交渉を進めるチャンスが到来しているといえる。
そして見回せば、すでに中国、ロシア、韓国は、北朝鮮の味方になっている。
さらに安倍首相が、日朝首脳会談に乗り出せば、米国は完全に孤立してしまい、妥協してくると見ているのだ。