北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、また動き出した。9月18日から20日にかけて文在寅韓国大統領と平壌で会談する一方、トランプ米大統領に親書を送り、「もう一度首脳会談をしたい」と申し出たのだ。トランプ米大統領は10月にも応じる姿勢を見せている。金委員長は中国だけでなく、ロシアとも接近している。この外交攻勢に焦りを募らせているのが安倍晋三首相だ。

金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて」(文藝春秋)の著者で、東京新聞論説委員の五味洋治氏は、早ければ11月にも日朝首脳会談が行われると見る。

9月9日、北朝鮮建国70周年の軍事パレードに出席した金正恩委員長 ©AFLO

「金正恩委員長と『話す時になった』」

 「(安倍首相は)『もう金委員長に直接会って話す時になった』という強い意思を述べた」

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 9月10日に日本を訪問した韓国の情報機関、国家情報院の徐薫(ソ・フン)院長は、首相官邸で安倍首相と会った後、報道陣に取り囲まれた。その時、安倍首相の言葉をこう紹介した。

 この「言葉」は、政治部記者の間で波紋を呼んだ。これまでよりも、日朝首脳会談に前向きなニュアンスが感じ取れたからだった。

 直前の8月23日、安倍首相は「次は私が金正恩委員長と向き合う番だと思っている。過去の相互不信という殻を打ち破り、金委員長と直接向き合い、私の手で拉致問題を解決する。そう固く決意している」と話し、8月27日には、遊説先の福井で「(拉致解決のため)私自身が向き合いながら解決しなくてはならないと思っている」と語っている。

 いずれも直接会談の「決意」は語っているが、拉致問題や北朝鮮の非核化進展、といった条件も付けていた。いわば受け身の姿勢だった。

9月10日、来日した徐薫国家情報院長と会談した安倍首相 ©AFLO

日本の経済支援に期待する文政権

 じつは10日に安倍首相と会った徐院長は、鄭義溶(チョン・ウィヨン)大統領府国家安保室長らとともに訪朝し、金正恩と平壌で懇談したばかりだ。

   徐院長は、首相官邸で報道陣に対して「(自分たちの訪朝期間中には)全般的に、北朝鮮と日朝関係に関する意見交換があった」とだけ説明し、詳しい内容には踏み込まなかった。

 しかし「南北(韓国と北朝鮮)、米朝、これに日朝関係まで並行して進められれば、さまざまな問題が解決されるうえで最も望ましいことだと申し上げたし、安倍首相もこれに共感を示した」(韓国・中央日報)と話している。

 南北の対話に積極的な文在寅政権は、日本もぜひ、協議の一員になってほしいと願っている。

 日朝間には国交正常化という課題が残っている。日朝首脳会談を通じて国交が樹立されれば、戦後賠償の一環として日本から巨額な経済支援が北朝鮮に実施される。この経済支援は北朝鮮が、非核化を進めるうえで重要な動機になるからだ。

 じつは文政権は、韓国国内の経済政策の失敗から支持率が40%台に急落している。何としてでも北朝鮮を非核化に向かわせ、北朝鮮との経済協力を進め、経済の底上げを図りたいという事情がある。

「直接会って話す」発言を否定しなかった菅官房長官

 徐院長との会談に同席した菅義偉官房長官は、安倍首相の「直接会って話す時になった」発言について10日の定例会見で、「これまでとは違う段階に入ってきているという意味なのか、総理の発言の真意を教えてほしい」との質問を受けた。

 これに対して、菅官房長官は「徐薫院長から、南北、米朝関係と並行して、日朝関係を改善していくことが重要であるとの趣旨の発言がありましたが、詳細については控えます」と述べるにとどまった。

 明確に否定しないところからみると、事実上、徐院長が紹介した「直接会って話す時になった」という一連の発言を認めた、と考えていいのではないか。