かつて飢餓の様子が幾度も報じられた北朝鮮。経済制裁で崩壊寸前かと思いきや、意外にも北朝鮮経済は堅調に成長しているという。この度『金正恩』を上梓した五味洋治さんが語る。
「いま北朝鮮では全国に市場経済がひろがっています。本書で詳しく紹介していますが、制裁で苦しくはなっているものの、町の市場では人々が物々交換をしているほか、“金主(トンジュ)”と呼ばれる赤い資本家が生まれ、タクシーや不動産事業などで活躍しています。アフリカの独裁国家に銅像を売るビジネスをしたりと、外貨も稼いでいる。学者によっては北朝鮮の成長率は7%と推計する人も。父・金正日の時代には食糧危機にも陥っていましたが、金正恩はまぁまぁやっている。体制崩壊には程遠いのが実情ではないでしょうか」
金正恩は政府や軍の幹部たちを容赦なく粛清し、恐怖で支配する独裁者との印象が強い。しかし本書を読むとこの単純な認識にも再考を迫られそうだ。
「金正恩は、科学技術を重視する指導者と自身を位置づけています。核やミサイルの開発においても、研究予算を潤沢に与え、技術者たちをタワマンの部屋に住まわせるなど優遇している。またコンピュータのハッキング技術も、生き残りのために有効だとみれば、積極的に活用している。こうした全体像を把握しないと、金正恩を見誤ることになるでしょう。2012年に私が出した『父・金正日と私 金正男独占告白』は海外にも翻訳され、世界中の識者やレポーターとのつながりができました。彼らとの情報交換を踏まえて、本書には当局発表だけでない、出来る限りの情報を盛り込んでいます」
日本では依然北朝鮮への圧力が有効との声が大きいが、五味さんは懐疑的だ。
「昨年まで北朝鮮は核実験とミサイル打ち上げを繰り返していましたが、アメリカの動きを見極めたかのような素早い変わり身で、平昌オリンピック参加をかわきりに、米朝会談など本格的な和平外交の攻勢をかけています。金正恩はアメリカとの関係改善という目的のためには、私たちの予測を越える手を使ってくるかもしれません。一方で日本政府はかつて北朝鮮情報で世界をリードしていましたが、いまはアメリカに頼っています。近い将来、日本も金正恩を外交の交渉相手としてしっかりと見据えなければならない状況になることでしょう。本書がその際の一助となればと思っています」
『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』
バスケが大好きで日本のマンガ『スラムダンク』を愛読していた少年時代。スイス留学時代は「おとなしい生徒」。これまでにない金正恩の素顔に迫りつつ、ミサイルや核開発、経済政策など、彼の政策の意図を探る。次々と繰り出される金正恩の外交攻勢によって北朝鮮情勢が混迷を深めるいま、必読の書。