アントニオ猪木を最も間近で見てきた実弟・猪木啓介氏が、兄の知られざる素顔を語る。少年時代のあだ名は「ドンカン」。後に「燃える闘魂」と称される男の意外な一面とは――。

猪木はなぜ倍賞美津子と離婚したのか

 啓介氏が特に力を込めて語るのが、兄にとって「痛恨」だったという倍賞美津子との離婚だ。

アントニオ猪木さん ©文藝春秋

「兄貴の浮気もありましたから」

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「結婚相手、お付き合いした女性の中でも、やっぱり美津子さんは特別ですよ」

 啓介氏はそう言って、義姉への敬意を隠さない。「誰とも分け隔てなくてね、話しやすいし、冗談も言うし。夫婦として見ても、すごくお似合いでね」。倍賞美津子はリング上での立ち居振る舞いや衣装にまでアドバイスを送り、猪木に大きな影響を与えた存在だったという。

 それだけに、1987年の離婚は猪木本人にとって深い傷となった。啓介氏は率直に語る。

「有名人ということで寄ってくる女性もいますしね。それに対して、兄貴も嫌とは言わないんですよ。そういう点では、弱いと言えば弱い。断れないんですね」

 啓介氏が新日本プロレスで営業を担っていた時期は、周囲が一丸となってそうした状況を「ブロック」していたという。しかし新日本の体制が変わり、啓介氏自身もブラジルへ戻ったことで、歯止めが利かなくなっていった。

 スター同士で「釣り合いが取れていた」と啓介氏が表現するほど特別な夫婦関係は、こうして幕を閉じた。その後の議員時代のスキャンダルとあわせ、「兄貴は相当落ち込んでいた」と振り返る。

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