首相と対照的だった天皇の所感
記念式典では、天皇がお言葉を述べる機会が設けられることはなかった。これは政府からの申し出によるという。だが天皇は宮内庁を通じて、高市の式辞とは対照的な所感を発表する。それは、「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切」という国民が共感できる言葉であった。
1968(昭和43)年に行われた「明治100年記念式典」に臨席した昭和天皇がお言葉を述べていることから考えても、「昭和100年記念式典」に天皇のお言葉がなかったことは奇異に映る。政府関係者は「総合的に勘案」したと言うのであるが、天皇が持つ歴史観を封じようとの恣意が働いたとみなされても否定できないのではないか。
6月に、衆参両院の正副議長が「立法府の総意」と称する提案を取りまとめ、政府がそれに沿った改正案の要綱を示した。6月中に閣議決定するつもりだと報じられている。骨子となる柱は2本である。
(1)女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ。
(2)1947(昭和22)年に皇籍離脱した旧11宮家のうち、配偶者と子どもがいない15歳以上の男系男子を養子として皇族に迎える。養子の男系男子子孫は皇位継承権を持つ。
「30年ごとに見直しが行われるものとする」という附則が添えられるが、高市が主張する「男系男子を皇族とする案を第一優先」とする改正目的が露わになっていると言えるであろう。
男系養子論は、国民の多くが支持する、直系である愛子内親王への継承の可能性をあらかじめ閉ざすことを意味する。天皇の地位は「国民の総意に基く」と記す憲法から乖離しているのだ。つまり、憲法下の天皇像は揺らぐことになる。養子を迎えた後、結婚相手は男子を出産することを求められることになり、この潜在的な重圧は非人間的な強制力として作用することになろう。時代に適う天皇像を求めるなら、憲法が謳う男女平等の原則に沿うことを志向すべきである。さらに、養子として入る側、養子を立てる側に何らかの政治的な思惑がある場合、それを排除することが難しくなる問題がある。
平成の天皇は、戦後日本の民主主義に合致し、国民との信頼関係のうえに成り立つ天皇像をつくり上げてきた。その前提には、戦争への深い反省と戦没者への慰霊、そして平和への祈念があった。この思いと姿勢は令和の天皇へと継承され、国民の深い共感を得、さらに愛子内親王にも手渡されているのである。天皇は2025(令和7)年の誕生日会見で述べている。
「私と雅子は戦後生まれで、戦争を体験していませんが、上皇上皇后両陛下の戦時中のご体験のお話など、平和を大切に思われるお気持ちについて、折に触れて伺う機会がありました。愛子も、両陛下から先の大戦についてお話を聞かせていただいております」
※本記事の全文(約9000字)は、月刊文藝春秋7月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(保阪正康「皇室典範改正は象徴天皇制を揺るがす」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・天皇が政治利用される危険
・秩父宮妃の「太平洋戦争」へのコメント
・非戦の知恵を受け継ぐために
