地域ぐるみで子育て世帯を支援する一般社団法人「シェア実家」を起業し、代表理事を務めながら保育士として現場に立っている、フリーアナウンサーの豊崎由里絵さん(38)。
テレビ局を退社した2019年から今日に至るまで、2人のお子さんの育児をしながら次々と新しい挑戦を続けてきた豊崎さんの、目まぐるしくも充実した激動の日々について詳しく伺います。
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保育士として働く中で生まれた「理想の保育園を作りたい」という思い
――ご自身が直面した保育環境の課題から、保育士になってしまうとは本当に行動力がすごいです。
豊崎 保育士の仕事は日本中、世界中どこに行ってもニーズがありますよね。でも、アナウンサーという職業はできることが限られているように思えたし、特別な資格があるわけでもない。
「私は他のアナウンサーと何が違うのか」と問われても、これといって得意なこともない。ただ、もともと子どもが好きで興味もあったので、「一度勉強してみようかな」という、本当にそれくらいの軽い気持ちからでした。なんでも思いつきで行動してしまうので、人生において計画性がないのかもしれません。
――実際に、大阪府の認定こども園で保育士として働いたことで、気づきや発見はありましたか。
豊崎 保育の現場には「配置基準」というルールがあって、たとえば2歳児なら、当時は「子ども6人に対して保育士1人」と定められていました。仮に子ども12人のクラスに3人の保育士がいたとすると、「いま1人余っているから、豊崎先生は職員室に戻って」と言われてしまうことがありました。
もちろん皆さんプロの技術で上手に保育されていますが、子どもたちのことを考えれば先生は多い方が良いに決まっています。世間では保育士不足が叫ばれているのに、現場では「基準より先生が多いのは贅沢だ」という認識に縛られる場面もあったように思います。
――働いている保育士の方たちはそのことに気づいていないんですか。
豊崎 その環境で長く働いている保育士さんたちにとっては、それが当たり前になっているのかもしれません。例えば、45分間の昼食休憩中に、連絡帳を3~4冊も書き、さらに「今日は1人15分間、草むしりをしてね」と言われるようなこともありました。これでは休憩と言えませんよね。
過酷な労働環境そのものが常態化してしまっていることに、周囲も慣れてしまいなかなか気づけない構造になっているのだと感じました。この制度はどうにかならないのか、もっと子どものことを第一に考えられる場はないのか。そんな疑問を抱くうちに、いずれは「理想の保育園を作りたい」という思いも湧いてきました。
