「ノータッチ!」現場周辺は米軍が厳戒態勢を敷き……
当時は、身元不明の少女の遺体発見に情報が錯綜していた。由美子ちゃんは年齢の割には成長が早く背も高かったため、当初は「8歳から10歳くらい」と思われており、発見当日の明け方に降った雨に濡れていたことや遺体に砂が付いていたことから、海からの漂着遺体との見方も一部ではあった。実際は発見現場の周辺で強姦・殺害されてしまっていたのだった。
後日行われた検視結果によると、死因は胸部圧迫窒息死。頭部には直径5センチほどの鈍器打撲傷があったという。
第一発見者は米兵2人だったとされている。前日3日夜、基地内であった窃盗事件の被害品を探そうとジープで見回っていたところ由美子ちゃんの遺体を発見した。
実はその少し前に、地元民の大工3人が出勤途中に遺体を発見して琉球警察(※)の嘉手納派出所へ知らせていた。警察は現場に急行していたが、すでにCID(アメリカ陸軍犯罪捜査局)が現場での鑑識活動を行っており現場は軍用地内だったため、米軍側は「ノータッチ!」と地元警察を遠ざけ、署長クラスでさえも現場検証できずにいた。
※注:米軍施政権下の沖縄の民政府は「琉球政府」との名称で、警察は「琉球警察」だった
遺体発見の4日当日にはすぐに身元が判明。この時点では犯人が米兵であるということは強く想定されておらず、警察の見方としては「犯人は現場付近の地理に通じ由美子ちゃんと面識ある者ではないかと見ている」(1955年9月5日付琉球新報朝刊)としていた。
その重大性から、軍民共同で捜査を行った初めてのケースとなった本事件。事件のあらましはどのようなものだったのか。まずは被害者・由美子ちゃんの足取りを追う。
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