いまから41年前、520人が死亡した「日本航空123便墜落事故」。報道カメラマンとして墜落現場に向かった橋本昇氏は、そこで何を見たのか。ノンフィクション『追想の現場』(鉄人社/高木瑞穂編)の一部から、その記録を振り返る。

飛行機がグシャグシャに

 墜落現場の御巣鷹山へ向かう山道は過酷だった。タイヤがパンクした車を捨て、徒歩で峠を登る。途中、水も持たずスーツに革靴で倒れ込む新聞記者や、業務用ビデオカメラを途中で棄てていったスタッフたちの姿があった。

 急峻な山道を登りきった先に待っていたのは、想像を絶する光景だった。"JAL"と大きくペイントされたジャンボ機の主翼が横たわり、あたりの木々はなぎ倒されている。「いたるところから航空燃料ケロシンやプラスチック、タンパク質の燻る煙が立ち昇っている。なんとも表現しようもない嫌な臭いが辺りを包んでいた」と橋本氏は記している。

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谷底へ落ちていたジャンボ機のエンジン。触れると冷たくささくれた感触があった ©橋本昇

 足の踏み場もないほど散乱する機体部品、乗客の荷物、遺体、そして細かくちぎれた肉片。木の枝にひっかかったままの腕、炭化した部分遺体──。400tの機体が「墜落」ではなく「激突」したという事実が、現場のすべてを物語っていた。

 夜になっても尾根に残った橋本氏は、空腹のあまりリュックから弁当を取り出す。「もう一つ弁当がありますから、よかったらどうですか」と近くのカメラマンに声をかけ、いざ食べようとしたそのとき──足元に、ちぎれた人間の足が落ちているのに気づいた。懐中電灯に浮かび上がったそれは、「風呂上がりのようにふやけて、生々しかった」という。

 そして夜明け、毛布に包まれた遺体の結び目の先から覗く指先には、濃いパールピンクのマニキュアが塗られていた。モノトーンに変わり果てた現場のなかで、その鮮やかな色だけが異彩を放っていた。「死にたくなかった。いま直ぐ私の命を返してください!」――橋本氏にはそう語りかけてくるように感じられたという。

 

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