お笑いコンビ「忠犬立ハチ高」のノムラフッソ(29)は、岩手県盛岡市で生まれ、小さい頃は自分でも「神童かも」と思うほどの優等生だった。0歳から公文式を始め、就学前に小6レベルの算数をマスター。小5で英検準2級と漢検2級を取得し、県内屈指の名門・盛岡第一高校へ進学。その後、山梨大学医学部を卒業し医師免許まで取得している。
しかし彼女がエリート街道を捨てて選んだのは“芸人”というキャリアだった。
「芸人になれることに舞い上がって、王坂と2人でハンコを押しちゃいました」
転機は医学部5年生の夏に訪れた。サンドウィッチマンが所属するグレープカンパニーがオーディションを開催され、条件は「25歳以下」だった。当時23歳だったノムラは「これが最後かもしれない」と受験を決意、最終面接まで勝ち残り見事合格を果たした。
「急に『契約です、ハンコを持ってきてください』って電話で言われて。まだ親にも何も言ってないけど大丈夫かなと一瞬思ったけど、芸人になれることに舞い上がって王坂と2人でハンコを押しちゃいました」
問題は、その事実を両親にどう伝えるかだった。反対されることが目に見えていたノムラは年末まで報告を避けていた。姉にだけは打ち明けていたが、姉にも「私はもう黙ってられないから自分から話して」と催促される始末。そこでノムラが選んだ手段が、事務所所属時に撮った宣材写真を年賀状にして送るという奇策だった。
「『祝!グレープカンパニー所属。謹賀新年』ってだけ書いて、送ったんです」
3日後、母親から「どういうことですか」とLINEが届いた。ノムラの返答は——無視、だった。そのまま半年間、連絡を絶ち続けた。

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半年間音信不通になったノムラフッソさんが、両親に「芸人になる」という決意を伝えるのは、まさかの“結婚報告と同時報告”だった。続く記事とインタビュー全文では、直前まで反対していた両親を説得した夫の一言や芸人を諦めきれなかった理由が詳細に描かれています。ぜひ合わせてお読みください。

