医者にならず芸人になるという一方的な報告を送り、親からのLINEを半年にわたって無視し続けた末に、結婚相手の男性を連れて岩手の実家へ帰る。医学部6年生の夏、芸人・ノムラフッソ(29)が選んだのはそんな強引な「緊急会議」だった。
芸人になることを年賀状1枚で知らせ、その後のメッセージをスルーしながらも、仕送りの確認だけは「お願いします」と返信していた。そんな緊張感あふれる状況に、結婚の挨拶まで重なっていたのだ。
「本当に、結婚とお笑いの話を同時にする『緊急会議』みたいな張り詰めた空気でした」
両親の反応は予想通り反対だった。
「芸人になったとして売れるはずがないのに、医者の道を捨てるのか?」
ノムラはうつむいて、ボソボソとしか反論できなかったという。
「僕が稼ぎます。めぐみさんが医者にならなくてもやっていけます」
その空気を一変させたのが、隣に座っていた夫の一言だった。山梨大医学部の先輩で、すでに研修医として働いていた彼は、こう切り出した。
「僕は医者としてこれぐらい稼げます。だから、めぐみさんが医者にならなくても2人で十分やっていけます。任せてください」
この発言を機に、場の空気がガラッと変わった。両親はノムラではなく夫の側についてしまい、「あなた騙されてませんか?」「こんなにいい人に、こんなにひどい娘やれません」と言い出す始末。最終的には母親が夫を諭すという奇妙な展開になったという。
「彼があの時に『任せてください』と言ってくれなかったら、私は今もずっと両親と口を利けていなかったと思います」
父親も娘への評価と引き換えに夫のことが好きになり、「なんていいやつが来たんだ」と嬉しそうだったという。
それでも母親は最後まで納得しきれず、「せめて5年だけにして、それで売れなかったらあきらめて」と条件をつけた。「勘当してやる」とまで思っていた母だが、2024年のTHE Wで3位という結果を残した後からは徐々に応援モードに変わっていったという。
「THE Wのあとに、母が色紙を渡してきて、日付も入れて『パパとママへ』って書きなさいって。手のひら返しがすごすぎて、なんなんだろうって思いましたけど」
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インタビューでは、2週間に2時間しか一緒にいられないという夫との別居婚の様子や、医学部に通いながらも「このまま医者になろうかな」と一度も思わなかったという学生生活が詳細に描かれています。ぜひ合わせてお読みください。

