繊細な音色を奏でるフルート奏者でありながら、今年ポーランドで開かれた世界クラシック&エクイップベンチプレス選⼿権⼤会で金メダルを獲得した上原麻衣さん。SNSでは圧巻の筋肉美も話題を呼び、唯一無二の「マッスルフルート奏者」として注目を集めている。
そんな上原さんはどうしてフルート演奏とベンチプレスという、一見まったく接点のない二つの世界を両立させるに至ったのか。ここではライターの我妻弘崇さんが、異色のキャリアについて詳しく伺った。
「音楽で食べていくのは現実的ではない」プロの演奏家になる夢を諦めてしまったワケ
祖父の影響でフルートに興味を持ち、母の反対を押し切って中学校で吹奏楽部に入った上原さん。猛練習の末、地元である茨城県のソロコンテストで1位を取るほどの実力を身に着け、大学まで演奏を続けたが、道は想像以上に厳しかった。上原さんは本格的なプロの演奏家を目指すことを諦めてしまった理由をこう振り返る。
「進路の相談をしても、『音楽で食べていくのは現実的ではない』『一握りしか生き残れない』としか言われないので、どこか自信をなくした自分もいたんだと思います。そういった意見を無視して、自分を貫けば良かったんでしょうけど、その覚悟がなかった(苦笑)。でも、心のどこかで音楽は続けたかったんでしょうね。だから、就職活動もしなかった」
将来に迷った上原さんに、保険の代理店業を営む父は「自分の仕事を継がないか」と持ち掛けた。ほかにやりたいこともなかった上原さんは、その言葉を受けて大手損害保険会社の契約社員となるも、フルートも趣味の範囲で続けていたという。朝9時から夜7時まで会社員として働いて、そこから深夜まで楽曲の練習をする過酷な「二足のわらじ」生活をしたこともあった。
演奏依頼に対して「謝礼はお花でいいですか?」と尋ねられるような理不尽な経験もした。それでもフルートを手放せなかったのは、音楽への思いが消えなかったからだ。35歳で会社員を辞め、フリーの音楽家として再出発しようと決意した矢先、コロナ禍が到来し、音楽イベントは次々と中止。収入はゼロへと追い込まれた。
偶然がつないだベンチプレスとの出会い、半年後には全日本選手権に出場
出鼻をくじかれた形となったが、上原さんは近所の農家でのアルバイトや夜職を掛け持ちしながら食いつないだ。人との出会いが上原さんを成長させ、人生の可能性を開いていった。ベンチプレスとの出会いも、その中の1つだ。
「英会話教室の同じクラスにみゆきさんという女性の方がいて、『ベンチプレスをやっている』と教えてくれて。私も筋トレをしていたから話が盛り上がると、『私が通っているジムに来てみない?』って誘われたんですね。それが2021年の9月。興味本位でやってみたら、『上手いじゃない。続けたら強くなる』とおだてられて、まんまとハマってしまった(笑)」
厳しい音楽業界で切磋琢磨した負けん気の強さと、経験者が見出したフォームの良さもあり、始めてからわずか半年後には全日本選手権に出場。しかし、結果は6人中の6位。悔しさに突き動かされた上原さんは、さらにベンチプレスの世界へと深くのめり込んでいく……。
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続く記事では、上原麻衣さんが世界金メダリストとなるまでの驚きの経緯、プロとして食べていくことが難しい日本の音楽業界の裏事情などを詳しくまとめています。ぜひ、合わせてお読みください。


