フェルメールによる貴重な風景画
さて、ヨハネス・フェルメール(1632~1675)。
今でこそ誰知らぬ者なき著名画家だが、生前は地方の一画家扱いで世評も高くなく、ほぼ無名。死後も長く忘れられていた。どのくらい忘れられていたかと言えば、150年近く、何と19世紀後半、印象派が勃興する頃になってようやくフランスで再発見再評価され、そこから徐々に世界中でファンを獲得していった。
アガサ・クリスティーの『葬儀を終えて』(1953年作)には、フェルメール作品が5000ポンドの高値で売れたとの新聞記事が紹介される。それを読んだ犯人が……というミステリで、当時のイギリスにおけるフェルメール観もよくわかって面白い。
フェルメールは長生きできなかったし(43歳で死去)、本業が忙しかったこともあって寡作で、真筆とされる作品はわずか40点足らず。ほとんどが1メートル以下の小型版で、室内の女性を描いたものが多い。風景画は2点しかない。傑作の誉れも高い『デルフト眺望』を見てみよう。
生涯を中都市デルフトで過ごしたフェルメールだが、この作品は自宅の2階からカメラ・オブスクーラ(素描用に用いた暗箱。現在のカメラの原型)を用いて描いたのではないかと言われる。しかしだからといって写真のように全て見たままというわけではなく、さりげなく美的効果を考慮している。
――時は夏。時刻は朝の7時10分過ぎ。そのことは画面中央に建つスヒーダム門の丸時計の針が示している。空は広く青く、雲は白く、黒く、厚い。
働き者のオランダ人はとうに起きて、身支度も整え、外に出ている。前景中央やや左寄りに買い物籠を持った女性が別の女性と対話中。さらに左、桟橋の前で黒い帽子の男性2人、女性3人の姿も見える。これから乗船するのだろうか。スヒー運河の流れは建造物群の影を濃く映して、ひっそりしている。
対岸には幾艘(いくそう)も係留された、大小の船。そしてよく見ると岸辺にも豆粒大の人々がいて、歩いたりベンチに座っている。この絵から受ける印象が「無音」なので、動いたり会話したりする人物が描き込まれている事実にむしろ驚く。
まさに無音だ。たいていの風景画には、風の音、木々のささやき、鳥のさえずり、人の声が感じられるものだが、この画面からそれは聞こえない(スーラの『グランドジャット島の日曜日』のように)。
対岸の左手にはデルフト市壁が長く続く。右端にはロッテルダム水門。ラッパをかぶせたような尖塔を2つと、棟続きの建物をもつ。先述のスヒーダム門の間を短い石橋がつなぐ。橋の向こうに家々の重なりが見える。その右手に高い塔。これはフェルメールが洗礼を受けた教会だという。
永遠に時が止まったかのような本作については、フランスの作家マルセル・プルーストが「世界でもっとも美しい絵」と評したことがよく知られている。さらに『失われた時を求めて』の「囚われの女Ⅰ」で、登場人物である病気の作家の口を通して、曰く、「おれの最近の本は、あまりにも無味乾燥だった。この小さな黄色い壁面のように、絵の具を何度も塗りかさねて、文それ自体を貴重なものにすべきだった」(吉川一義訳)。
「小さな黄色い壁面」とは、画面右寄りの水門が戴くとんがり帽のような塔のすぐ後ろにある、日を浴びて輝く四角い壁を指す。フェルメールがよく使う黄色だ。あいにく印刷では絵の具の塗り重ねがどんなものか、全くわからない(やはり絵画は実物を見てこそ)。
フェルメールの完璧主義に関しては、ダリがこう言っていて説得力がある、「言葉が全く無力になる域に達した」。
