庶民の日常が生き生きと描かれるもう一つの風景画
もう一点、当時の町の風景をあげよう。ヤン・ファン・デル・ハイデン(1637~1712)作『アムステルダム旧教会とアウデゼイズ・フォールブルグワル運河の眺め』。
フェルメールが描く、どこか現実ばなれした夢の一場のような街並みと違い、庶民の日常が生き生きと描かれる。もちろん喧噪も聞こえてくる。
人口2万のデルフトに比べ、首都アムステルダムは10倍の20万の人口を抱えていた。ロンドン、パリに次ぐ、当時ヨーロッパで3番目の大都市だったから活気が違うのは当然だ。町の名の由来は、アムステル川の堤防(ダム)の上に建設されたことに拠る。運河がはりめぐらされ、「北のヴェニス」の異名も持つ。
この絵には風俗画の面白味もある。なるほど当時の庶民はこのように日常を送っていたのかと興味深い。構図は『デルフト眺望』と同じで手前に運河が配されているが、幅がだいぶ狭いことは、木橋の長さからわかる。橋の下では番(つがい)の白鳥が泳ぎ、三人の男女を乗せたボートが進む。その近くで洗濯をする女性がいる。
画面左端の岸に酒樽が山積みになり、商人がカップで味見する。犬が地面にこぼれた酒を舐めている。子供たちが遊んでいる。箒(ほうき)で道を掃く男もいる。オランダ人の清潔好きは昔も今も変わらない。
街路樹に半ば隠れた建物が、13世紀に起源をもつ由緒ある旧教会で、現在もこの場所にこの姿で立っている。レンブラントはここで結婚式を挙げたのだ。若くして亡くなった彼の愛妻サスキアの遺体も、この教会内部の床下墓地に葬られている。
フェルメール作品ではわかりにくかったが、ここにはいかにも当時のオランダ都市を特徴づける建築が2棟(画面左端)見られる。カナル(=運河)・ハウスと呼ばれる運河沿いの美しい建物群で、見てのとおりファサードが独特の形をしている。尖った三角の、しかも階段状になった破風(はふ)。白く縁取った窓枠。何より間口の驚くほどの狭さ。
なぜこれほど玄関口が狭いかというと、都市の家屋には正面の幅の広さに応じて課税されたからだ。とりわけ運河に面したカナル・ハウスの税金は高額だった。対抗策として人々は、表口の狭さをカバーするため奥行きを伸ばした。トンネル状に奥の深い建物にしたのだ。単に長くするだけでは日当たりが悪いので、ひょろ長い建物の真ん中あたりから先を凹ませて(つまり一部廊下状にして)中庭を確保した。ファサードだけ見るとずいぶん狭く、部屋数が少なそうに見えるが、実際は印象より2倍近い広さがある(3階建てのフェルメールの家もそうだった)。
20世紀へと話は飛ぶが、このような建築様式についてナチス・ドイツはあまり知識がなかった。それが幸いし、アンネ・フランク一家と友人の家族、合計8人は2年間も隠れ住むことができた。
アンネの家は博物館になっており、筆者も若いころ行ったことがある。玄関のイメージから、ここが一番奥だろうと思わせる部屋に大きな書棚があり、それが秘密の回転ドアだ。忍者屋敷のように、開けるとさらに裏の広い部屋が現れる。知ってはいても、実際に見るとほんとうに驚いた。
切ないことに、だがアンネたちは結局、近所の人の密告でユダヤ人強制収容所へ送られてしまった。戦後まで生き延びたのはアンネの父一人だ。アムステルダムのカナル・ハウスの写真を見るたび、それを思い出す。
