坂口健太郎とのセッション

──家族を知らずに育った夕平はシングルマザーの紗月(堀田真由)と恋に落ち、不器用ながらも家族への思いが芽生えていきます。その揺れる内面の表現に期待して、坂口さんをキャスティングされたのでしょうか?

中野 この物語は孤独な男が初めて家族のような暖かさを知り、その喪失から事件が生まれるという話なので、寂しさを背負ってるというか、憂いを感じさせる人がいいなと思っていました。本読みの段階からそのイメージにずれはなかったのですが、本人は実は真逆の人なんです。めちゃめちゃ明るくてポジティブで元気。そんな坂口さんがちゃんと本を理解した上で、役のイメージをがっちり固めず撮影に臨んでくれました。だから現場では、セッションしながら一緒に“夕平像”をつくり上げていった感じですね。現場で俳優部とここまで話をして、手探りで人物像を作り上げるのは過去にはあまりない経験だったのでおもしろかったです。

映画『私はあなたを知らない、』

──今作では、中野監督作品として初めて殺人が描かれます。これまでは意図的に避けてきたのでしょうか?

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中野 避けてきた理由は、本質的に殺人というものがわからなかったからです。家族の物語なら僕なりにさまざまな経験をしてきているから描ける。でも、物語上の記号ではない“殺人”を描くとなると、なぜそうなるに至ったかまで掘り下げないと気が済まなくなる。それが怖くて避けてきたんです。想像はできますけど、自分の経験にないことはやはりわからない。リアリティを出せるかどうか自信がなかったんでしょうね。

映画『私はあなたを知らない、』

──それでも今回、殺人と向き合われました。手応えはいかがでしたか?

中野 人を殺めるという行為は絶対に否定します。一方で、ひとりを殺せば殺人者だけど、100万人殺せば英雄だという言い方もある。言うまでもなく戦争で。そんなことまで考えはじめると、殺人の本質がなんなのかは結局わかりません。映画でそこを声高に論じるつもりはないのですが、人を殺める状況にならざるを得なかった夕平については、一生懸命考えて描いたつもりです。