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モネやピカソの時代に、色彩感覚を武器にした画家が胸に留めたこと

モネやピカソの時代に、色彩感覚を武器にした画家が胸に留めたこと

アートな土曜日

2018/09/29
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ボナールが「親密さ」を表現できた理由

 ボナールが生涯に描いた題材は、かなり限定されている。花などの静物。彼が暮らす室内の様子。緑豊かな庭といった窓から見える風景。そして恋人や妻ら身近な女性の姿などなど。身の回りにあるささやかなものばかり。

《格子柄のブラウス》1892年 オルセー美術館

 それらを彼は、ひとつずつ丁寧に描き出していった。ときにもののかたちがぼやけていたりするので、かなりの早描きなのかと思ってしまうが、実際にはいつもたっぷりと時間をかけて、それぞれの絵を仕上げたという。

 

 花、室内、女性たち……、描かれたあらゆるものが親密さを伴って観る側に迫るのは、描き手であるボナールの視線がそこに強く感じられるからだ。事物の姿を忠実に写そうという客観性よりも、ボナール自身の主観や対象への思い入れのほうが、ここでは優先されている。

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 ボナールは絵を描く際、追求すべき方針をひとつ、いつも胸に留めていた。

「不意に部屋に入ったとき目に映るもの、そのすべてを描く」

 というものだ。ある光景を一瞥したときに、自分の視覚が受け取った感覚。それを忠実に絵にしようとしていたのだ。じっくり細部まで観察しながら描くのとはずいぶん違った絵柄になるかもしれないが、一瞬のうちに自分が受け止めた色やかたち、印象を描いたほうが、対象の真実に近づけるんじゃないかと考えた。

 そんな描き方だから、ボナールの画面では細部が解けるようにぼんやりしていたりもする。その代わり、描く対象のうちで彼が最も惹かれた部分については、その魅力を余すところなく描写してある。それでボナールの絵画にはいつも、対象への親密な愛情が溢れんばかりに表現されることとなった。

 

 絵画を通じて結ばれる、描かれるものと描き手の幸せな関係がそこにはある。ボナールの名品がずらりと並ぶ会場で、その強い絆を実地にたしかめてみたい。作品を観る側たる私たちにも幸福のお裾分けがもたらされて、きっと温かい気分に浸れるはず。

モネやピカソの時代に、色彩感覚を武器にした画家が胸に留めたこと

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