画家というよりも、色彩家。

 

 19世紀後半から20世紀前半にかけてのフランスで、際立つ色彩感覚を武器にして、独自の存在感を発揮したのがピエール・ボナールだった。彼の大規模な回顧展がはじまっている。東京・国立新美術館での「ピエール・ボナール展」。

色彩がゆらめいて見える

 ボナールが生きた時代にはモネやルノワール、セザンヌにピカソ、マティス、モディリアニ、シャガール……。美術史上に名を残す画家がごまんといた。革新性とオリジナリティに溢れるそうしたレジェンドに伍して、ボナールは彼だけが描き得る黄、紫、赤、青といった色でキャンバスを埋め尽くし、いちど観たら忘れられない画風を確立した。

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《ル・カネの食堂》1932年 オルセー美術館(ル・カネ、ボナール美術館寄託)

 ボナールの色彩は、だれよりも明るく鮮やかというわけじゃない。色の組み合わせが群を抜いて緻密だったり、斬新というのでもない。それなのにかくも強い印象を残すのは、彼の描く色だけがチラチラ、キラキラと永遠にゆらめいているように見えるから。

《黄昏》1892年 オルセー美術館

 私たちにものの色が見えるのは、天から降り注ぐ光のおかげ。無色に思える光にはじつのところ、それぞれ異なる波長を持つさまざまな色が含まれている。光が事物に当たったとき、どの波長を反射し吸収するかによって、その事物の色が決まる。つまり色とは光の波長であって、肉眼には映らぬまでも、跳ね返ったり吸い込まれたりと、至るところで盛大に運動しているのだ。

 そうした光の氾濫と複雑な動きが、ボナールには見えていたとは言わないまでも、筆致や配色を駆使してそうした光のダイナミズムを、だれよりも生き生きと写し取っていたのはたしか。それでボナール作品の中でのみ色彩はゆらめいて、画面全体には生命感が溢れる。ボナールのどの絵からも「生きる歓び」のようなものが放散されているのは、ゆらめく色彩がもたらす効用なのだろう。