初ロマンス→自殺未遂騒動も…
最初に報じられたロマンスは、昭和の名優・鶴田浩二。当時、鶴田には岸とは別の婚約者がおり、2人の愛の結末は鶴田の自殺未遂騒動にまで発展した。
鶴田のことを幼少の頃から「鶴田さん」と呼ぶ、3女の女優兼歌手・鶴田さやか(65)が回想する。
「鶴田さんと岸さんの関係は、魂レベルでの繋がりだったはず。行くも地獄、行かぬも地獄……。役者という仕事と、成り行きと、時代とが重なって起きた関係だったのかな」
フランス人映画監督との結婚
その後、岸は56年に日仏合作映画『忘れえぬ慕情』に出演。この映画の監督イヴ・シャンピに見初められ、翌年結婚する。
63年にはシャンピとの間に1人娘を出産。パリと日本を行き来する生活を送る中で出会ったのが、当時「ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」の代表を務めていた作家の小田実だった。小田と旧知の仲だったコラムニストの水口義朗氏(91)が打ち明ける。
「彼女が小田と出会ったのは71年。彼の小説に感動した岸さんが、わざわざパリからやって来たんです」
「実は、岸さんと付き合っているんだ」
2人の関係はいつしか深まり、あるとき小田が水口氏にこう告白したという。
「実は、岸さんと付き合っているんだ」
再び水口氏が語る。
「それを聞いて僕は、宴席を設けたんです。岸さんはその場で、甘えた声で小田に『この前、夜中に一緒に食べたラーメン美味しかったわね』なんて言ってね。僕は心の中で“こんちくしょう”と嫉妬しましたよ」
ところが、2人の関係は長く続かなかった。
「2年ほどで別れたのかな。小田は独占欲が強くて威圧的。一方、岸さんは独立心が強く、フランス仕込みの男女平等の考え方。岸さんの方が急激に冷めてしまったんでしょう」(同前)
もっとも、岸はこの頃、18歳下の若手俳優とも噂になっていた。ショーケンこと萩原健一である。
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