両陛下の目の前で音楽にノリノリ
そもそも、高市首相の戦争観は衆院議員一回生の頃から「反省」とは無縁なものだった。1995年の衆院外務委員会では、新進党(当時)議員として次のように明言している。
「少なくとも私自身は当事者とは言えない世代ですから反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っている」
国会の場で「反省なんかしない」とまで口にしていた高市首相。それは象徴天皇制のもと、先の大戦を顧みて平和を希求し、国内外での慰霊の旅を続けてこられた天皇の姿勢とは対照的なものだ。
「そうした天皇と高市首相の戦争観の差異が露呈したのが、4月29日の昭和の日に挙行された『昭和100年記念式典』です。政府主催で天皇皇后両陛下が招かれ、各国の大使をはじめ5600人が参列しました」(前出・デスク)
同様の式典は、1968年に時の佐藤栄作政権によって開かれていた。昭和天皇皇后がご臨席した「明治百年記念式典」。だが、両者には明確な格差がある。「明治百年」では天皇皇后の先導役を佐藤首相(当時)が務め、天皇のお言葉も披露された。ところが、「昭和100年」の先導役は木原稔官房長官で、天皇のお言葉もなかったのだ。
「海上自衛隊東京音楽隊が生演奏するTMNETWORKの『Get Wild』に合わせ、高市首相は、天皇皇后両陛下の目の前でノリノリの笑顔で手拍子やガッツポーズをしていた。その様子は参列者からも冷淡な目で見られていました」(同前)
皇室に造詣が深い閣僚経験者がこう慨嘆する。《続く》
《この続きでは、高市首相が「昭和100年記念式典」で天皇のお言葉を避けた内情、戦争観で共鳴し合う石破前首相への天皇のお声掛け、首相経験者が語る「内奏」の実態、高市首相が皇室典範改正の閣議決定直前に臨んだ「内奏」の緊迫した様子などを詳しく報じている。記事の全文は「週刊文春 電子版」および8月27日(木)発売の「週刊文春」で読める》

