そんな紋切り型の質問に対し、拒絶せずに「日々申し訳なく思っております」と答えた。

「手紙を渡したいのですが」と言うと、「お話しするだけなら」と取材に応じるという。半信半疑だったが、許可を得て敷地に入った。

「あなたを責めるためではない。立派な経歴をお持ちで社会的影響力もある。ご自身のメッセージが再発防止に資すると考えている」

ADVERTISEMENT

 記者がよく使うありきたりの誘い文句ではあるが、偽らざる本音だった。すると、飯塚は「それまで安全運転を心がけておりましたので、“おごり”があったのかなと思っておりまして、反省しております」

おごりの正体

 私は“おごり”とは何だったのかと問いを重ねた。

「高齢者でも(車を)必要とされる方々はたくさんいらっしゃると思います。安全な車を開発するように、メーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転でき、外出できるような世の中になってほしいと願っております」

 我が耳を疑った。そのまま放送すれば、「他人事のような発言」として炎上することは目に見えている。そこで私は「ご自身の車は安全ではなかった?」と再度確認したが、飯塚の趣旨は変わらなかった。

新刊『池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日』(文藝春秋)

「万が一の場合に、危険を避けられる車であってほしいと思っております。自分の体力には、その当時は自信があったんですけど。それは高齢者としての判断ですから。第三者が見て、どうだったか、わかりません。ただ高齢というだけで皆さん不安を感じておられると思います。それは個人差があると思いますので。自分で安全運転できるという自信があっても、それは持ちすぎないようにすることが大事だと」

 私が「自信とはどういうことでしょうか」と問うと、そんなことは言わなくてもわかるでしょう、という語気で畳みかけてきた。