アンパンマンが自分の顔を食べさせる原点
じつはアンパンマンのアイデアを、やなせは絵本を手がける前からずっと温めていた。最初にそのキャラクターを登場させたのは、1960年頃に台本を書いていた文化放送のラジオコントのなかだったという(※4)。その後、絵本に先立ち1970年に刊行された童話集『十二の真珠』に収録した一編には、人間っぽい姿をしたアンパンマンが登場した。このアンパンマンは、お腹からアンパンを取り出して子供にあげようとする。これがのちの絵本やアニメでは、自分の顔をちぎって食べさせるというふうに変更された。
こうした設定には、やなせの戦争体験が反映されていた。彼は一兵士として中国で終戦を迎え、翌年、帰国したとき、《人間は食べなくては生きられないということと、正義は簡単に逆転するということ》を強く感じたという(※4)。しかし彼は、逆転しない正義が一つだけあると考えた。それは、どんな立場でも、ひもじい人を助けるということだった。だからこそ、アンパンマンはけっして逆転しない正義の味方として、たとえ傷ついたりエネルギーが消耗しても、自分の顔を食べさせるのだ。
放送1300回以上、キャラクター数は1700点を超える
最初の絵本では、顔をなくしたアンパンマンが空を飛ぶシーンもあった。そのあとがきでやなせは、《こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか》と、当時流行っていたアニメや特撮のヒーローを念頭に置きつつ、読者に問いかけている。この時点では、アンパンマンが「テレビの人気者」になるとは、彼も予想していなかったのだ。
アニメが継続するにしたがい、やなせは新しいキャラクターを次々と生み出していった。放送が1000話に達した2009年には、キャラクター数は1768点におよび、もっともキャラクターの多いアニメとしてギネスにも認定された。
アニメは時間帯を変えながらいまなお放送中である。関連施設も全国に存在し、来年夏には、それまで期間限定で設けられていた「横浜アンパンマンこどもミュージアム&モール」が、恒常的な施設として横浜駅近くに移転、リニューアルオープンする予定だ。やなせの没後も、アンパンマンは不滅のヒーローとして子供たちの人気者であり続ける。
※1 やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)
※2 やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波書店)
※3 阿川佐和子『阿川佐和子のこの人に会いたい9』(文春文庫)
※4 やなせたかし・戸田恵子『アンパンマン VS アンパンマン』(フレーベル館)