夢の話である。
他人の夢話ほどつまらないものはない、と言われがちだが、三浦しをんの書く夢の話だ。面白くないはずはない、という絶対の信頼があった。
5話からなる連作短編集の第2話、「胡蝶」の主人公・未千は、交際していた信太郎といよいよ結婚することになり、両家母親の希望で健康診断を受けたところ、ふたりの間で自然妊娠は難しいと判明する。子どもを強く望んでいるわけではない。一緒にいたいと思って結婚を決めたのだから、それだけでいいじゃないか。
ところが結婚後、未千は夢の中で妊娠し出産。夜ごと千夜太と名付けた子どもの育児に追われるようになる。
夢の中は現実の3倍速で時間が経過し、成長した千夜太は繰り返し不穏な夢を見ると語り出す。案じた未千は千夜太の夢が現実になったらどうしようと半狂乱になるほど動揺してしまう。
所詮は夢の中の出来事なのに、未千はなぜそこまで不安になるのか。そもそも望んでいなかったはずの妊娠・出産を夢で見るということは、心の奥底にやはりそうした願望があったのか。現実の生活に支障をきたすほどの夢を頻繁に見ることなどあり得るのか。
読みながら「普通」に抱く疑問が、ページを捲るうちにぼんやりと、曖昧なものになっていく。今読んでいる物語の中の夢の話と主人公の現実に、それを読んでいる自分自身が侵食されのみ込まれていく。
続く3話目の「夢見る家族」では、未千家族のその後が描かれるのだが、中盤までまったく意味がわからない。何がどうしてこうなった? 〈やべえ。理解できることがまじで一個もない。俺のおふくろ宇宙人で、急に宇宙語を話しはじめちゃったのかな〉と動揺する未千の息子に全面同意したくなる。
しかし、その曖昧で意味のわからなさが面白いのだ。読者を不穏で不気味で薄暗い世界へ誘い込み、離脱させない仕掛けを、作者は丁寧に積み上げている。
解散したロックバンドのベースが、音楽雑誌からの依頼でその回顧録を記す第4話の「金の糸」には、前話とはまったく異なる眩しさがある。様々な「伝説」を持つゴンゾーから半ば命令に近い形でバンドに誘われベースを始めたムツミが語る「あの頃」。〈純粋と倦怠が絶妙に混在したその声は、鼓膜と心臓を直結させ、共振させた〉という何気ない一文の強さ。ふたり乗りした自転車の後ろでゴンゾーが「気持ちいいなあ、ムツミ」と言う場面の、痛いほどの青春力。色も違う、匂いも違う、明るさもまったく違う世界が、最終話へ繋がり、1話目にも還っていく凄まじい衝撃。
夢ってなんだ? 現実ってなんだ? 普通と異常の境界線はどこに、誰が引くというのか。ゆるやかに繋がる物語の世界に捕らわれたまま抜け出せなくなる。覚めない夢がここにある。
みうらしをん/1976年、東京都生まれ。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、12年『舟を編む』で本屋大賞受賞。『愛なき世界』『墨のゆらめき』『ゆびさきに魔法』など著書多数。『しんがりで寝ています』などのエッセイ作品も多い。
ふじたかをり/1968年、三重県生まれ。書評家。著書に『だらしな日記』『ホンのお楽しみ』、『東海道でしょう!』(共著)等。
