ノーランがこの物語を選んだのか、この物語がノーランを待っていたのか

映画『オデュッセイア』では、かの「トロイアの木馬」のシーンも壮大に描かれる。© 2026 UNIVERSAL STUDIOS 

では、ノーラン自身は、この古い船に何を積み込んだのか。字幕監修で私が最も驚いたのは、神話の船に、考古学の「歴史」を積んだことだった。

「トロイア戦争は神話なのか、本当にあったのか」。よく聞かれるが、その実在を直接裏付ける考古学的な確証はない。

 だが本作が物語に重ねるのは考古学で「後期青銅器時代の崩壊(紀元前12世紀ごろ)」と呼ばれる実在の大変動だ。

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 東地中海の宮殿文明が相次いで倒れ、交易網が途切れる。エジプトの記録には海から来た複数の集団が現れ、近代の研究者は彼らを「海の民」と呼んだ。ギリシャ世界では、線文字Bが宮殿とともに失われ、その後およそ400年、文字記録のない時代が始まる。

全編IMAXカメラで撮られた大迫力の映像に注目。© 2026 UNIVERSAL STUDIOS

 劇中、人々が声をひそめて語る「海の民」。神話の英雄たちと、歴史の記録に断片的に現れる者たちが、どこで同じ海に出会うのか。ここでは伏せておこう。ただ一つ言えるのは、その瞬間、『オデュッセイア』が怪物退治の冒険譚から、文明の終わりを生き延びた者たちの物語へと姿を変えることだ。

 原典の船に初めから積まれていた、折り畳まれた時間。ノーランが新たに積み込んだ、文明崩壊の歴史。その二つを一艘の映画に乗せ、IMAXの海へ出す。

 観終えるころには、ノーランがこの物語を選んだのか、この物語がノーランを待っていたのか、少しわからなくなる。そこが本作のいちばん面白いところだ。

INTRODUCTION
クリストファー・ノーランが、史上初の試みとなる長編映画全編IMAXフィルムカメラのみで撮影した最新作。その題材は、紀元前8世紀ごろに成立したホメロスの冒険譚『オデュッセイア』。神々が存在した世界で起こる、人間同士の愛、欲望、裏切り、復讐の物語である。そんな冒険譚を、ノーランのテクニックを総動員して調理し、手に汗握るエンタテインメント大作として現代に蘇らせている。
STORY
トロイア戦争の終結後、イタケの王・オデュッセウス(マット・デイモン)は、家族の待つ故郷へ帰還を目指す。しかし彼の前に立ちはだかるのは、神々の介入、怪物、そして荒れ狂う海といった、数々の試練だった。10年経ち、イタケの城内でオデュッセウスを待ち続ける妻・ペネロペ(アン・ハサウェイ)と息子・テレマコス(トム・ホランド)。彼らを取り巻くのは、オデュッセウスの不在に乗じて王位とペネロペを狙う求婚者・アンティノオス(ロバート・パティンソン)らの欲望と野心だった……。
STAFF & CAST
原題:The Odyssey/監督・脚本:クリストファー・ノーラン/出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ/2026年/アメリカ/172分/配給:ビターズ・エンド、ユニバーサル映画/© 2026 UNIVERSAL STUDIOS/2026年9月11日より全国公開。

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