今年7月、協議が紛糾し国論を二分する中で成立した改正皇室典範。男系男子養子案が採用されたことで、愛子天皇への道は閉ざされつつある。昭和史研究家の保阪正康氏は「男女の区別なく直系長子の継承に改正するのが時代の要請」と語った。
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「男系絶ゆるときは女系を以て継承す」
国連委員が、皇室典範改正を「女性差別的で家父長的」と批判している。象徴天皇制は男女平等を謳う憲法の下にあり、今後はますます国際社会のなかで存在していくことになる。そもそも、1889(明治22)年、伊藤博文と井上毅が中心になって旧皇室典範が成立するまでの議論においてですら、宮内省制度取調局が立案した皇室典範の草案とも言える皇室制規(1885年)では、男系男子を原則としつつも、「皇族中男系絶ゆるときは皇族中女系を以て継承す」と、女系天皇を認める規定が存在した。1947(昭和22)年、現行の皇室典範が制定される際にも、宮澤俊義は女性天皇を認めるよう求めた。つまり、近世以前には8人の女性天皇が存在したが、近代以降も実現する可能性はあったのである。
そう考えると、男系男子への固執はあまりにも反動的であり、男女の区別なく直系長子の継承に改正するのが時代の要請であろうと思う。
いま天皇制についての論議は決定的な曲がり角に差し掛かっている。これまで右派は、天皇を元首として、軍事を司る存在として、上からのナショナリズムの中心として、崇めてきた。左派は、差別の根源として、国民支配の核として、ファシズムの中心として、否定してきた。それらの理解のすべてが間違っていたとは言わないが、右派と左派の天皇観はいずれもイデオロギーが描き出した幻影を含んでおり、もはや有効性を持たないだろう。ただ、高市政権による天皇の位置づけが、旧来の右派思想を断片的に模倣するようなありようで現実化している。そして、現下の皇室典範改正が国家主義的右派の諸政策と一体のものとして同時進行しているため、新たな天皇制論議は、高市政治と対峙することを経ざるを得ないのである。
