『手芸とエンパワメント 私たちが紡ぐもの』(山崎明子 著)

 専業主婦だった私の母は、家の中でいつも何かを拵(こしら)えていた。私たち三姉妹の洋服やセーター、テーブルクロスに花瓶敷き、ドアノブやティシューのカバーなど。それを見ていた私も自然と手芸や編み物をするようになった。母が特別だったわけではなく、そんな女性は周りにたくさんいた。

 しかし、平成生まれの私の子どもたちの世代は、日常着を自分で作る人はまずいないし、手芸をする人もかなり少ない。子どものときに見る風景は、こんなにも変わるものなのか、と今になって思う。

 この本は、日本の手芸や裁縫の文化の流れとそれを女性が担ってきたことの意味を、フェミニズムの観点から明晰に考察している。著者の山崎明子さんは、「そこに毛糸と編み針、または布と針と糸があれば、とりあえず私はなにか作りたくなる」と、手芸好きを公言している。一方で、フェミニストの自分と社会とのギャップも感じている。

ADVERTISEMENT

 私も手芸好きが高じて、2年前に『フランネルの紐』(河出書房新社)という裁縫や手芸を題材にした短編集を出版したのだが、針と糸の文化を描くと自ずと女性を描くことになり、フェミニズムやシスターフッドへとテーマがシフトしていったのだった。

 つまり、女性の人生を肯定する象徴的な存在として描いたつもりだったので、「手芸は文化的には高く評価されてこなかったし、概ね商品価値も高くなかった」という指摘にはっとさせられた。その理由として「家父長制の維持」が指摘されている。

「女性を自立させないことで成り立つ家父長制は、いかなる男性の仕事よりも、女性の仕事を未熟で、価値が低く、低賃金なものとした」「女性による創造を趣味的なものとして貶めつつ、『良いご趣味ですね』と褒める」といった記述に、自分の中に無意識のうちに潜在していた価値観が初めてつまびらかにされたように感じたのだった。

 しかし、コロナ禍などを経て生まれた令和の手芸ブームなど、時代の変遷と共に価値観が変化していることも描かれている。現代アートやメッセージを伝えるためのキルトなど、様々な世代や地域の実例を丁寧に取材し、多様な手芸の世界を提示している。

「誰かと手芸をしながら『楽しく』『無駄話もしながら』『高く売れそうもない自分のためだけのもの』を『のんびり』作ることが、この社会のジェンダー構造へのアンチテーゼになるということを進言したい」という言葉に大きく頷いた。手芸好きだった曽祖母や祖母が残した作品やレシピと向き合う様子も印象的だった。

 タイトルにある「エンパワメント」は、本来の力や権利を取り戻すという意味である。「手芸が持つ、人を癒す力と規範化する力の間を揺れ動きながら、手芸と対峙するほかない」とする心意気の先をぜひ見てみたいと思う。

やまさきあきこ/1967年、京都府生まれ。奈良女子大学生活環境科学系教授。専門は視覚文化論、美術制度史、ジェンダー論。著書に『近代日本の「手芸」とジェンダー』、『「ものづくり」のジェンダー格差』、共著に『現代手芸考』などがある。

ひがしなおこ/1963年、広島県生まれ。歌人、小説家。さらにイラストや翻訳等も手掛ける。最新刊は短編集『ひとっこひとり』。