『屁理屈と哲学』(小川哲 著)

 刺激的、野心的な本だ。同時に、著者の言葉を借りるならば、編集者が提案してくれた「下品な企画」ということになる。本書は、いま注目を集める人気作家の膨大な文章から切り抜かれた、名言、箴言(しんげん)集である。

〈優しさは冷たさでもある。「君に文句を言わないよ」という温かいルールの裏には、「だから僕にも文句を言わないでね」という冷たいルールが存在する。〉等の“屁理屈”とも“哲学”とも取れるパンチラインの連続で、愛読者ならずとも、思わず胸に刻んでおきたくなるものばかりだ。

 ファンはより深く楽しめる。既に刊行されている小説等はもとより、まだ本にまとまっていないエッセイや書評に加え、未発表原稿や書籍化の際に泣く泣くカットした直木賞受賞作の連載原稿、大学院時代の論文からも精選されている。いわば、小川哲の思考のエッセンスとも呼べる一冊だ。

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 それを「野心的」「下品」と評するのはなぜか? 理解してもらうにはまず、本書と著者の間に「炎上」という補助線を引く必要がある。以下、冒頭の一節を紹介したい。

〈「東京」というゲームが存在する。ルールはシンプルだ。有名大学を出て、一流企業に就職すること。ブランド物の服を着て、東京タワーを望む港区のタワマンに住むこと。見た目の良い異性と交際すること。それらを積み重ねた者がこのゲームに勝利し、勝者は他の参加者たちの羨望を得ることができる。〉

「かつて新聞に書いた書評のこの部分のみが写真で切り抜かれ、炎上しました。僕が“ゲーム”への参加を促していると受け止められて。全体を読めば、参加すべきではない、という論旨だと分かってもらえるのですが……。

 切り抜きという行為は、前後の文脈や全体の流れがあって初めて機能する、文章というものの特性を著しく棄損するものです。書き手が本当に言いたかったこととは全く違う形で伝わってしまうリスクを最初から内包している。箴言集とは本来的にそういうものですが、誤読をあらかじめ織り込み済みの企画だという点が『下品』なんです」

 そんな嫌な思い出があるのなら普通は、“切り抜き集企画”に首を縦に振ることもなさそうだが……。

「以前の自分だったら、絶対に出さなかった本です。昔は、自分が思っていることを正確に伝えたいというこだわりが今よりずっと強かったので。ただ、10年以上作家を続けてきて、どれだけ丁寧に書いたところで、誤読は絶対に生まれてしまうということが身に沁みて分かりました。100%正確に伝えることは不可能だと。だったら、誤読を必要以上に恐れなくてもいいのではないかと思えるようになりました」

小川哲さん

 だから、「序」にこんな文章を載せた。

〈以下の文章は必ずしも僕の思想を表すものではないが、どのように誤読してもらってもかまわない。〉

 掲載する文章選びも編集サイドに完全に任せた。

「企画の成り立ち上、僕が入れたいものを一個も入れない方が面白い。不用意な言い切りかもしれないと僕が判断するよりは、今回は編集側の感覚に委ねるべきだと」

 本を開けば、写真で切り抜いて下さいと言わんばかりの余白たっぷりのレイアウトになっている。

「もしこの本の切り抜き写真がバズったら? 編集者はしめしめでしょうが、僕は……やっぱりちょっと嫌かな(笑)。でも、この本を楽しんでもらって、お金を払って本を読むという習慣に少しでも結びつくのであれば、それが一番嬉しいです」

おがわさとし/1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2017年『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞を、22年『地図と拳』で山田風太郎賞、翌年同作で直木三十五賞を、同年『君のクイズ』で日本推理作家協会賞を受賞。

屁理屈と哲学

小川 哲

集英社

2026年9月4日 発売