アンソロピック、オープンAI、グーグルといった、巨大テック企業が角逐し、国家予算レベルの巨額の資本投入による覇権争いが過熱し続けているAI業界。サイバー攻撃への悪用リスクや安全保障問題、さらには「AGI(汎用人工知能)の到来か、バブルの崩壊か」をめぐる議論など、連日世界を騒然とさせている。

 この狂騒のまっただ中でがぜん存在感を増しているのが、元外交官という異色の経歴を持つ「Sakana  AI(サカナAI)」共同創業者・代表取締役社長の伊藤錬氏だ。巨大資本が支配する土俵とは一線を画す独自の戦略を掲げ、創業わずか1年で国内最速のユニコーン企業へと駆け上がった同社は、いまやAI業界のみならず、政財官界、そして海外の金融機関からの注目をも一身に集めている。

伊藤錬氏 ©日本経済新聞

 ロンドンと東京の2拠点を往復し、開発最前線のリアルな手触りと、外交官時代に培った「インテリジェンス」、すなわち情報収集・分析力を武器にする彼が、時々刻々と変化するAI業界の真実を読み解いていく。

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 まずお伝えしたいのは、私が考える「AIの現在地」です。AIはどこまで進化したのか。何ができて、何がまだできないのか。そして、私が“停滞”と呼んだものの正体とは何なのか。

 その答えを探るために、まずは2023年まで時計の針を戻してみましょう。

 “The bigger, the better.”

 2022年末にオープンAIが公開したChatGPTというサービスは、2023年に入って、その頭脳となるGPT-4が登場したことで、生成AIブームをさらに加速させました。この年にリリースされたのはGPT-4だけではありません。アンソロピックがClaude、グーグルがGeminiを発表し、テック大手各社が競って高性能モデルを世に送り出しました。まさに「AI戦国時代」の幕開けです。

 当時のAI業界は、AIのあるべき姿について、こんな“空気”に包まれていました。

 “The bigger, the better.”

「大きければ、大きいほどよい」。モデルの規模、学習データ量、計算資源を増やせば増やすほど、AIは賢くなる。誰もがそう信じていたのです。

 こうした考え方の理論的な支えとなったのが、2020年にオープンAIの研究チームが発表した論文「Scaling Laws for Neural Language Models(ニューラル言語モデルにおけるスケーリング則)」です。簡単に言えば、「モデルの規模や学習データ、計算量を増やせば、性能も向上する」という経験則です。

 この「スケーリング則」に支えられ、巨大なモデルを開発する競争が一気に加速しました。何千億ドル、日本円にして数十兆円規模の莫大な資金を投じ、大量の半導体を使って膨大なデータを学習させる。そうして、モデルの性能は飛躍的に向上していきました。さらに、それまで難しかった画像や音声、動画をテキストと統合して扱う技術も急速に進歩しました。AIが学習するデータは爆発的に増え、モデルはますます多くの知識を身につけていきます。

 私たちSakana AIも、この2023年に創業しました。もっとも、私たちが目指したのは、この“The bigger, the better.”とは少し違う方向でした。その話は、もう少し後でお話しします。