最初の壁

 2024年に入ると、業界にはある危機感が広がり始めました。

「このままでは、AIに学習させる知識が足りなくなるのではないか」

6月のG7サミットには各国AI企業トップが参加。日本からは伊藤氏が出席し、各国首脳と議論した Ⓒ時事通信社

 AIは猛烈な勢いでインターネット上のデータを学習し、驚くほどのスピードで進化していました。一方、人間が新しく生み出す知識には限りがあります。このままモデルを大きくし続けるだけでは、やがて以前のような勢いで性能は伸びなくなるのではないか。これは、驚異的なスピードで進化してきたAIモデルにとっての“最初の壁”でした。

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 そこで次の競争軸となったのが、「もっと知識を与える」ことではなく、「すでに学んだ知識を、もっと深く考えさせる」ことでした。

 その年の終わり、この流れを総括するかのように、AI分野最大の国際学会であるNeurIPSで、オープンAIの共同創業者でチーフサイエンティストを務めたイリヤ・サツケヴァーが語った言葉が印象的でした。

「新しい知識がなくても、考えればAIは進化する」

 旧ソ連生まれで、イスラエルとカナダの国籍を持つイリヤが示したのは、知識を増やすだけではなく、考え方そのものを変えることで、AIはさらに進化できるという発想でした。

 受験勉強に置き換えると、分かりやすいかもしれません。2023年までの競争が、知識や解法パターンをできるだけたくさん覚えさせる競争だったとすれば、2024年からは、その知識を組み合わせて考えさせる競争へ変わっていきました。

 私は数学が苦手でした。だから受験では、解法を暗記して乗り切ろうとしていました。数学の過去問を見て、パターンを100個くらい覚えておけば、ある程度までは点が取れます。2023年までのAIも、それによく似ています。

 例えば、下の大学入試問題を見てみてください。これは2025年の東京大学(前期日程)の理系数学の問題です。

 最初の小問(1)や(2)は、二項係数や積分公式など、比較的定型的な解法で取り組めます。しかし、小問(3)になると、それまでに学んだ知識を組み合わせ、どのような方針で解くかを考えなければなりません。

 違いはそこです。

 2023年までのAIは、過去に学んだ知識をもとに答えを導くのが得意でした。一方、2024年に前面へ出てきたモデルは、答えを急がず、一歩ずつ考えながら結論にたどり着くようになりました。

 その結果、それまで苦手だった数学やプログラミングのような難しい問題でも、解ける範囲が大きく広がりました。これが「リーズニング(推論)」と呼ばれる能力です。

※約1万字の連載第1回の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年10月号に掲載されています(伊藤錬「AIの進化は“停滞”している」)。

文藝春秋

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AIの進化は“停滞”している

出典元

文藝春秋

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