土門拳から教わったこと

船曳 土門先生からは「ものを見る眼」を学びました。京都の骨董屋で北大路魯山人展をやっていました。この水指はどうでしょうかと先生にお聞きしたら、「よし」と。合格っていうことです。そのときに手に入れた〈手桶花入 備前土〉を、今回の展覧会で展示します。

――この土門先生からいただいたという書も、素晴らしいですね。

船曳 「燦」は、土門先生が好きな漢字です。いかにも土門先生らしい書でしょう。

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 陶板は、土門先生と出雲の舩木研兒(けんじ)の窯を訪ねたときに、買ったものです。布志名窯はバーナード・リーチが修業をした窯として知られています。この色、素敵でしょう。

北大路魯山人〈手桶花入 備前土〉(左)と、土門拳書「燦」(右)。下は舩木研兒の陶板。

――写真家の方たちにいただいたもの、思い出の品が船曳さんのお宅には膨大にありますが、壁に飾ったり机や箪笥に置いたり、日ごろから目に入るところに置いていらっしゃるのですね。

船曳 こういうものを取っておけたのは、高校の同級生の建築家・富田玲子さん(象設計集団の創始者の1人)が、家を設計するときに収納庫や飾る場所をたくさん作ってくれたおかげです。どこかから帰ってきて、ああ、あそこにあの写真がある、あの絵があの場所で待っている――それが私の「落ち着き」になっています。

――「太陽」1966年2月号では、庄内・春日神社の氏子によって500年以上にわたり継承されてきた黒川能を特集し、大変評判になりました。こちらも船曳さんの企画ですね。

船曳 東京オリンピックで日本中が沸きたっているときに、山形の詩人・真壁仁の詩で黒川能を知り、この村に行きたいと強く思いました。取材をするうちにどんどん大がかりになり、日にちもお金もかかって上司から怒られもし、でも「仕方ない」で済ませてもらいながら、合わせて75日間、村に滞在しました。五十嵐権治郎さん宅に、お世話になりました。もう、娘っ子ね。カメラマンの薗部澄さんには、旅館に泊まっていただきました。

 薗部さんは日本の故郷・風土を撮りつづけた写真家。どの1枚を見ても、ここに行ったことがある、という気持ちになります。この〈黒川村より月山を望む〉、いい写真でしょう。2020年に刊行した『黒川能 1964年、黒川村の記憶』のカバー写真に使いました。

『黒川能 1964年、黒川村の記憶』(2020、集英社)「わが身の内に“黒川”を熟成させて、50年後にようやく書き上げました」