1991年にリングスの生え抜き第1号としてデビューした長井満也。もともと1989年に新生UWFへ合格し、田村潔司の後輩として修行時代を過ごした彼が、当時の道場の凄惨な実態を明かした。その言葉は衝撃的だ。「もしかしたら刑務所より厳しいかもしれない」——。
刑務所よりひどい「スパルタ環境」
長井が寮に入った初日、ある先輩から開口一番こう言われた。「宮戸さん、コイツやっちゃっていいんでしょ?」。それが道場での最初の出来事だったという。
練習メニューも過酷だった。朝の掃除・雑用から始まり、スクワット500回、急坂ダッシュ、基礎体練習をこなした後、先輩たちとのスパーリングが1〜2時間続く。動けなくなると殴る、蹴る、噛みつく——真紫の歯形が残るほどに。さらに、ケガをしている箇所をテーピングで申告するルールがあるにもかかわらず、「問題がある先輩はわざとケガしているところをグイグイ極めてくる」と長井は語る。
理不尽はそれだけではない。体格に恵まれた新弟子ほど先輩から目をつけられた。「背がデカいからって、会社から期待されやがって」と言いながらガンガン殴られたという。将来的に自分より上に行く存在を、芽のうちに潰そうとする心理が働いていたのだ。ある先輩には「お前たちなんか雑巾と同じなんだ。雑巾の代わりはいくらでもある」とまで言われた。
同期は長井を含め6人でスタートしたが、あっという間に3人が去った。結局、新生UWFの練習生としてデビューにたどり着いたのは4人のみ。大ブームで入門希望者が殺到した団体の末路としては、あまりに厳しい現実だ。
『証言 UWF「道場」の光と影』(双葉社)では、「新弟子イジメ」をしなかったレスラー・したレスラーの具体的な証言や、アゴを割られて流動食生活を余儀なくされた選手のエピソードなど、さらに衝撃的な実態が綴られている。
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