1989年に新生UWFへ入門した長井満也が、道場で横行していた「練習」の名を借りた暴力の実態を証言した。アゴの骨を割られた選手、密室の理不尽に耐えかねて去っていった多くの若者たち。その証言は、当時のUWFブームが生み出した「神聖な道場」のイメージを根底から覆すものだ。

 高熱明けの翌日、眉間が割れるまでボコボコにされた

 長井が語るなかでも特に衝撃的なのが、病み上がりの自身に加えられた暴行だ。高熱で練習を休んだ翌日、道場に出向くと先輩から「てめえ、休みやがって」と怒鳴られ、さらにスパーリングを強制された。長井が「タックルに来い!」と言われてタックルに入った瞬間、パンチを合わされ眉間から血があふれ出た。

写真はイメージ ©getty

「最後に絞め落とされて血を流しながら動けなくなったんですよ。そしたらその指示を出した先輩が、リングに上がってきて俺をサッカーボールキックでボコボコにするっていう地獄絵図」

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 しかも、その先輩は自分ではスパーリングに参加せず、後輩に命じてやらせていたという。長井は「腹が立ちますよ」と語る。

 道場で絶えず行われていた理不尽は、長井だけが対象ではなかった。ある先輩にフルスイングで殴られアゴの骨を折られたある選手は、プレートとボルトで固定する手術を受けて流動食生活を余儀なくされた。退院後には体力も回復しないまま他の新弟子と同じ練習に放り込まれ、結局辞めるしかなかったという。

 長井は「道場って密室じゃないですか。そこで先輩による理不尽な暴力が認められちゃってるっていうのはホントに良くない」と断言する。才能ある若者がイジメに耐えかねて去っていった現実を目の当たりにしてきたからこそ、「あの時代って厳しさを履き違えていた」という言葉に重みがある。

 こうした経験から、長井はリングス移籍後に「練習はいくら厳しくしてもイジメだけは絶対にやらせない」という信念を持って後輩に接したという。

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【最後まで読む】睾丸破裂、アゴを割られて“流動食生活”になった選手も…《練習とイジメを履き違えていた》平成プロレスのあやまち へ続く

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