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何かに怯えたような表情の両親
事件のことについては、知っていた両親だが、いつ息子が帰って来られるのだと、尋ねてきた。亡くなった智江さんやジュヌちゃんへの弔いの言葉は出て来ない。
ネパール人の妻のことに関して尋ねると、シュアムが14歳か15歳の時に、この村で結婚式をあげて結婚したのだという。ただ結婚式の写真は残っていない。なぜか他の女とシュアムが写った写真が家に残されていた。
シュアムが日本人と結婚して、日本に行ったことを知っているかと尋ねると、「知らなかった」と答えた。
何を聞いても何かに怯えたような表情で答える両親が私には哀れに思えてならなかった。
その日、宿もない村なので、シュアムの実家に泊めてもらった。日暮れとともに夕食を取り、2階のベランダに置かれたベッドで寝た。
翌朝は朝から雨が降り、天気がよければ見えるというヒマラヤも分厚い雲に覆われて、まったく見えなかった。
シュアムのネパールや日本での行動を見ていると、智江という女性を利用して日本へ行き、金を稼ごうと思ったが、うまくいかず、離婚を切り出されて、自暴自棄となり彼女を殺すという身勝手な姿が浮かびあがってくる。私は智江さんの無念さを噛みしめながら村を後にした。