作中の「雲」が内包するもの
――本作の「雲」についてお伺いします。タイトルにあるように、雲は本作において中心的な存在ですが、振り返ればロージ監督の過去の作品においても、雲はいずれも強い印象を残します。ロージ監督は過去のインタビューで、雲は古代ギリシャ劇のコロス(歌唱や朗読、人物の心情の代弁などを通じて舞台の進行を担う合唱隊)のような存在と語られていますが、改めて、監督にとっての雲の意義をお教えいただけますか。
ロージ 私の作品では、雲も映画の主人公の一員となります。それゆえに、撮影においては曇り空を待つ時間は設けます。実際のところは、撮影があまり好きではないので、天気を言い訳にして読書などに入れ込むこともあるのですが(笑)。
なぜ雲が必要かと言えば、雲のない時とのコントラストが生まれるということもありますが、撮影における正しい画角を作ることができるからですね。晴れの日には、どうしても太陽を背にして撮影をせざるを得ないので、撮影の角度そのものも限定されますが、曇り空であれば、360度カメラを動かして、より良い画角を作ることができます。また、雲にはいわゆる普遍性を仮託したところもあります。(取材をしている)東京でも雲はありますし、2000年前のポンペイにも雲はありましたよね。それゆえに、映画の舞台そのものは限られた地域であっても、映画で映されたものは、世界中のどの国とも、または過去や未来とも、どこかの部分でつながりを持ち得ます。
ちなみに、そうした考えを後押ししてくれたのは、ジャン・コクトーの言葉でした。コクトーはヴェスヴィオ山について、「世界中の雲を作る」存在だと語っており、雲を通して世界がつながるという確信とともに、私の雲への執着に詩的な正当性を与えてくれました(笑)。
――本作は、白と黒のモノクローム映像で構成されています。今回、モノクロームを選択した理由をお教えいただけますか。
ロージ 今回、最初からモノクロで撮影を行うことは決めていました。それは美学的な選択という以前に、舞台となる土地が内包するものを考えての選択です。
私が映画づくりで大切にしていることは、「情報を削ぎ落とす」ことです。今はNetflixなどで配信される作品も含め、Wikipediaを映像に落とし込んだかのような、情報をたっぷりと詰め込んだ作品が多いですよね。ただそうした作品には、観客が自分で思考するための隙はなく、映画としては「死に体」に近い。私は500人が映画を見るとして、そこから500通りの解釈が生まれるような作品が理想だと思いますし、自分が映画を作るときも、そのことは常に頭にあります。
モノクロの画面の強みは、時間の感覚が解けていくことにあります。本作では現在、過去、未来の時間軸を宙づりにすることを志向していたのですが、白黒にすることで、現在は現在ではないようにも、過去のアーカイブの一部であるようにも、遠く離れた未来のようにも思えますし、色がないことで、さまざまな想像を観客から引き出すことができるんです。


