暴走から九秒目。右車線で黒のプリウスが信号待ちをしていた。この車のサイドミラーに飯塚の車が映る。しかし、ドライバーの男性が気づくか気づかない間に、飯塚の車は時速八四キロメートルから九六キロメートル近くに到達する。

「日出町第二公園交差点」の横断歩道が眼前に迫る。ここは「第二現場」と呼ばれている。

「もうどうしようもない!」

 飯塚が声を震わせる。

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「あー、どうしたんだろう」

 妻が「どうしたの!」と金切り声を上げる。暴走から一〇秒目。その瞬間、ドラレコ画面の右から何かがフレームインする。飯塚は危険を感じつつ、絶望的な気持ちでブレーキを踏み込んだという。

――ダメだ! もうどうしようもない! 間に合わない!

 異変を感じてからここまでの距離は約二五〇メートル。

 第一現場からその様子を見ていた野口は、こう証言した。

「何かが飛んだんです。何かが。そのときは、よくわからなかったのですが……」

 こんな悲劇は、絶対に繰り返してはいけない――。そう心の底から願う人々の記録が本書だ。

「事故で妻子を失った男」と「加害者の長男」

 私は池袋暴走事故の遺族や被害者をはじめ、一〇〇人ほどの関係者に話を聴いてきた。その中で、私が最も数多く接触を重ねた人物が二人いる。ひとりは事故で妻子を失った松永拓也。

 もうひとりは加害者である飯塚幸三の長男だ。松永とは一〇〇回以上、長男とは数十回にわたり面会した。

 池袋暴走事故は、松永の妻である真菜さんと娘の莉子ちゃんが亡くなり、一〇人が重軽傷を負った。飯塚幸三は禁錮五年の実刑判決を受けて収監されたが、刑期を全うすることなく獄中死した。本書は、私が七年間の取材で得た、どのメディアも報じていない独自の記録を綴ったものである。