核兵器を「持たず」「作らず」「持ち込ませず」と謳う「非核三原則」は、この国が戦後長く堅持してきた「国是」であり、広島と長崎に原爆を投下された「唯一の被爆国」としての痛切な歴史に基づく――と多くの者が認識はしているだろう。だが、本書が提示するような「事実」をどれほどの方がご存じか。
▶︎「被爆国」という言葉が生まれたのは、広島と長崎への原爆投下直後ではなく、米国が1954年にビキニ環礁で水爆実験を行い、静岡・焼津のマグロ漁船員が被曝した事件――いわゆる「第五福竜丸事件」が契機だった。▶︎元首相の佐藤栄作は、非核三原則などによってノーベル平和賞を受賞したと理解されがちだが、この理念自体がもっと重層的に編み出され、「非核三原則」の名称自体を国会で最初に持ち出したのは野党議員だった。▶︎それを「国是」とする立場も、沖縄返還などに伴う過程で野党側が強く求め、退任目前の佐藤政権が認めるに至ったものだった――。
恥ずかしながら評者自身、初めて知ったことも多い。その本書の著者は前書きで次のように記している。〈この本のねらいは、非核三原則が守られてこなかった外交安保の裏面史自体に光を当てる新たな史料を発掘したり、新説を提示したりすることではない〉〈矛盾を含む全体構造が、どのような共通理解の下に成り立ち、(略)あるいは維持されてきたのかを(略)解き明かすことこそが、この本の主題となる〉
既成概念とされるものが現実にどう形成され、背後に何があったのかを知るのは、まさに「教養」に類する事柄だろう。現在は出版各社が手がけて百花繚乱の新書分野だが、元来は教養書の色彩が濃く、嚆矢(こうし)をなす岩波新書は「現代人の現代的教養」の追求を掲げて創刊された。ならば同新書から刊行された本書は、まさにそのお手本のような一冊といえよう。
さて、肝心の「非核三原則」である。周知の通り、「持ち込ませず」は日米の密約といった数々の〈矛盾〉も背後に横たわり、現実には「非核二・五原則」が実態だった、などと指摘されてきた。加えて昨今は、むしろこの国が米国の「核の傘」に猛然としがみつき、直近では初の女性宰相がその見直しを公然と示唆しはじめている。私たちはどう向き合うべきか。
本書は、「非核三原則」に〈思考封じの「定型句」〉という側面と〈平和国家としてのアイデンティティ〉の両面などがあったと記し、いまこそ〈積極的な形で問い直し〉〈アップデートする作業〉が必要だと訴える。〈それは決して、「厳しい安全保障環境」に目を向けない理想論などではなく、私たち自身も含めた人類全体の滅亡リスクを伴う兵器からの依存脱却を求める、という現実論〉だと。頷くところも得る知識も多い良書だと思う。
うめはらとしや/1964年生まれ。広島市立大学広島平和研究所教授。博士(平和学)。朝日新聞で国際報道畑を歩み欧州総局長などを歴任。2024年から現職。著書は『戦火のサラエボ100年史』(朝日選書)、『核の戦後日本政治史』(ミネルヴァ書房)ほか。
あおきおさむ/1966年生まれ。ジャーナリスト。共同通信社記者を経て独立。近著は『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』(集英社)。
