現職総理大臣の父とバカ息子の心と体が入れ替わる、池井戸潤のスラップスティック政治コメディー『民王』が、まさかのミュージカル化。本当に大丈夫? と原作者も危惧した初の舞台化作品は、9月6日の開幕以降、多くの観客の熱い支持を獲得。満員御礼の喝采の中、10月6日に東京公演の幕を下ろした。
10月11日からは大阪、17日からは福岡でツアー公演が開幕。さらには、大千穐楽となる10月19日の福岡・博多座公演、Huluでのライブ配信が決定した。全国にミュージカル『民王』旋風が吹き荒れる(はずの)その前に、東京公演に通い詰めた池井戸潤さん自身が作品をレビュー。制作の舞台裏、劇場での感動、笑いのツボなど、秘話の数々を語り尽くす。
*文中に一部、物語、舞台のネタバレを含みます
その日だけの『民王』が、そこに生まれた
──ミュージカル『民王』、開幕から口コミで評判が伝わり、終盤は連日満員御礼で10月6日に東京公演千穐楽を迎えました。かなりの回数、足を運ばれたそうですね。
池井戸 ひとつの公演をこんなに観たのは、自分史上はじめてです。毎回、開演を待ちながら「今日の公演、うまくいくだろうか」と、祈るような気持ちでしたが、まさかこんなにもたくさんのお客さまに観ていただけることになるとは思ってもみませんでした。小説とは違い、舞台の場合は、お客さまの反応をその場で直接感じることができます。キャストやスタッフはもちろん、私も、お客さまの笑い声や拍手にどれだけ励まされ、感動させていただいたことか。本当に、うれしかったです。
──一般的にミュージカルの観客には女性が多いといわれますが、ミュージカル『民王』では、性別も年齢層も幅広い印象がありました。
池井戸 男性のお客さまが多いことには、私も驚きました。もしかしたら、小説の読者の方が興味を持って足を運んでくださったのかもしれません。ご夫婦やお友だち同士で観劇されている方々も、たくさん見かけました。ある日の公演では、偶然、エレベーターで私のゴルフ仲間が乗り合わせて驚いたのですが、彼は人生初のミュージカル観劇だったそうです。
私はだいたい最後列のあたりで観ることが多かったのですが、客席の様子を見ていると、その日ごとに笑う場面や拍手が起こる場面が違っていたりする。舞台は、キャストと観客の皆さんとが一体になって命が吹き込まれるもので、幕が開けば毎回、その日だけの『民王』が生まれます。その様子がとても新鮮で、毎回、発見がありました。
推しキャラクターは「全員」
──総理大臣の息子、武藤翔役で主演の有澤樟太郎さん、父・武藤泰山を演じる別所哲也さんとの息のあった入れ替わりは、見事でしたね。
池井戸 本当に。ある場面で、二人の心と体が入れ替わりますが、舞台の上手(かみて。客席から向かって右)と下手(しもて。向かって左)を使い分けながらの演出がすばらしかったです。たとえば、パーティーという言葉に政党(political party)を掛けるような言葉遊びも粋だなと感じました。
有澤さんは歌もダンスもお芝居も達者で、まさに主役として輝いています。ご本人も気持ちのいい青年で、これからも活躍が楽しみです。別所さんのバイタリティーには、同世代として毎回、感嘆させられます。1日2公演ある日でも、月曜から木曜は朝6時からラジオ番組でパーソナリティーを務め(J-WAVE TOKYO MORNING RADIO)、私が起きる時間にはひと仕事終えていらっしゃる。まったく、頭が下がります。
──脇を固める人物たちも、いずれも目を惹く個性派揃いです。池井戸さんが感心したキャラクター、俳優の演技は?
池井戸 全員です。原作でもドラマでも人気の高かった泰山の秘書の貝原茂平(山崎大輝・演)は、クールでスマート。神出鬼没の新田理(上川一哉・演)は存在感抜群で、初日から喝采を浴びていました。この二人は原作でもドラマでも人気の高いキャラクターでしたが、舞台ならではの味つけが効いていると思います。
翔が思いをよせる南真衣(林瑠奈・演)は、歌声や存在そのものが清らか。翔と泰山同様に入れ替わる蔵本志郎(福田転球・演)と村野エリカ(豊原江理佳・演)父娘も抜群におもしろいし、一路真輝さんが演じる泰山の妻・綾の気品ある歌唱にはうっとりさせられます。そして、竹中直人さんが演じる政界のフィクサー・城山和彦。毎回、アドリブを繰り出しながら劇場を掌握する竹中さんの自由自在な演技にうならされました。
さらに見逃せないのは、いったい何役を兼ねているのかわからないほど大活躍しているアンサンブルの方々。あの早替わりは、神業といっていいでしょう。誰がどこに何役で出ているのかを探すのも、毎回、楽しみでした。







