ミュージカルは楽曲が8割
──そして、ミュージカルといえば音楽。角野隼斗さん、Penthouseの浪岡真太郎さんはミュージカル作品初挑戦。角野さんとともに作詞を担当されたPenthouseの大原拓真さんも同じくでしたが、バラエティーに富んでいながら絶妙にポピュラーで、どの曲も帰り道にすぐ歌い出せそうでした。
池井戸 私はミュージカルは楽曲が8割だと思っているのですが、誰の耳にもなじむ曲作りは、角野さんのようにクラシックからコンテンポラリーまで幅広い音楽に通じている方とPenthouseのお二人とのコラボレーションだからこそできたのだと思っています。そして、それぞれの楽曲と有機的に絡んだ歌詞もすばらしい。三人のチームワークの良さを感じます。
──曲や歌詞について、池井戸さん……いえ、脚本を手がけられたツバキミチオさんからは、何かオーダーされたのですか。
池井戸 私……いえ、ツバキ氏の脚本上には、曲が入る箇所と、そのイメージのみが書かれていたようです。歌詞については、タイトルや「こんな感じ」という内容が、散文詩のような状態で示されていましたが、あとは角野さんたちに委ねました。「総理」と「sorry」、「支配者だぞ」と「歯医者だぞ」、「Oh my god!(オーマイガー)」と「お前が」など、掛け言葉や言葉遊びが多用され、シャレの効いた仕上がりでした。
──とくにお気に入りの曲は?
池井戸 まずは「民王のテーマ」でしょう。堂々としていて、テーマ曲にふさわしい。「貝原のメモ」「新田の歌」も、リプライズも含めて、とてもキャッチーで耳に残ります。私の個人的イチ押し曲は、ラスト近くで翔と泰山が歌うデュエット、その名も「父と子」。誰か持ち歌にしてくれないだろうか? と思うくらい感動的です。
作品は、時代を映して変化する
──「すべての民が王である」というメッセージはそのままに、ミュージカル『民王』では一部、原作とは異なるアレンジがなされています。原作を読まれた方には、その変化も楽しめますね。
池井戸 そうですね。翔と泰山が入れ替わる仕組みや、結末とそこへ至る流れなどは、新たに書き直されています。
ミュージカル『民王』の最終的な筋立ては、共同脚本の笠浦静花さんの手をお借りして、今のかたちになりました。なにしろ16年前の作品ですので、当時と今とでは時代が変わり、政治に対する人々のスタンスも変化しています。私がへぇ、と思ったのは、蔵本とエリカの入れ替わりを、原作よりも肯定的に表現しているところ。ジェンダーバイアスに対する世の中の見方の変化が影響したのでしょう。
音楽もそうですが、こうしたアレンジについて、私はいっさい口を出さず、現場の方々にお任せすることにしました。それが正解だったと思います。若手クリエーターたちにとっては、観客の方々の反応がすべてですから、そのひとつひとつが彼らの財産になるはずです。
──心残りがあるとしたら?
池井戸 細かいところですが、元の脚本では、新田は泰山の家の戸棚の中から登場し、綾の腰掛けていたソファーの座面の中へと姿を消す予定でした。しかし、シアタークリエの構造を知らないままに書かれた脚本だったので、実際にソファーの下に消えるのは不可能でした。次に脚本を書くとしたら、きっと劇場に合わせたものにするのではないかと思います。
とにかく、観れば観るほど、細かいところにまで目が届くようになる。東京公演に7回通った私が言いますが、何度観ても見どころのある作品です。
──7回! もはやマニアですね。池井戸さんからご覧になって、ミュージカル『民王』の「細かすぎて伝わらない見どころ」は、どこですか。
池井戸 たくさんありますが、あえてひとつ挙げるなら、2幕でエリカが階段を降りてくるシーンでしょうか。あの独特の降り方は、現場で「エリカ降り」と呼ばれているそうです。かなり笑えます。

