1ページ目から読む
2/2ページ目

「孤独です」と話したあのシーンを思い出す

 筒香が心配です。

 打率.295は去年より高く、ホームラン38本も去年より10本多い。数字としては決して最悪という類のものではないのに、私は筒香が心配なんです。私の中に渦巻いているのは、そんな数字のことじゃない。チームのことを誰よりも考えている筒香が、チームを勝たせる一打を自分が放てないこと。それが筒香の気持ちにどれだけのしかかっているのか。徐々に増えていく不満の声に、さらに身を固くしてるんじゃないか。ハマスタで見る筒香に、どこか息苦しさや、焦燥感や、諦めにも似た空気を感じてしまう自分にも腹が立つんです。胸につけた「C」のマークは、どれくらい重たいんだろう。すぐに私はあれを思い出してしまう。年末に見たベイスターズのドキュメンタリー映画『FOR REAL』で、筒香が「孤独です」と話した、あのシーンを。

 筒香が心配です。

ADVERTISEMENT

 まだ26歳。チャラついたり、調子こいたり、そんな時があったっていい、というか、そんな時がなきゃダメだと思う、まだ26歳。でも、誰かの孤独に寄り添うために、自分が孤独である道を選ぶ、これは自分にしかできない仕事だからという筒香。私は少し怖かったんです。キャプテンという責任において、魂を差し出してるように思えたから。嬉しがったり悔しがったり、落ち込んだり前を向いたり、自分ごとに振り回される自分を心の中に封印して。それは悪魔との契約のように、筒香が自由に羽ばたくことを抑え込んでしまったんじゃないかって。

 でも筒香、ねこはね……突然ねこの話で申し訳ないですけど、ねこはいつも自分のためだけに生きてる。それは潔いほどに、エゴに向き合って生きてるよ。だけどねこは私に幸せをくれる。人間もやっぱり、自分のためにしか生きられないんだよなと、ねこを見てるとそう思う。エゴから逃れることはできない。でもエゴと向き合った人は、本当の意味でだれかを幸せにできる気がするんです。自分がちゃんと満たされているから。

あのときたぶん、筒香は生身だった

 去年のCSファーストステージ、雨の甲子園のレフトスタンドで私は見ました。死球すれすれのボールをギリギリでのけぞり、泥の海に倒れこんだ筒香。立ち上がって、ゆっくりとベンチに向かった時のあの殺気。あのときたぶん、筒香は生身だった。いつもの冷静沈着なキャプテン筒香ではなく、生身の野球選手、てめえこの野郎、ぜってぇ打ってやるから待ってろ、あの時の筒香の頭の中はチームの勝利よりそっちでいっぱいだったんじゃないかと思う。だって、野球を楽しんでる感じがすごくあって、やべえバイブスが遠くレフトスタンドまでとんできた。顔の泥を拭いて、バッターボックスに戻ってきた筒香は、ツースリーから高めのボール球を泥のグラウンドに叩きつけました。ボール球だってわかっていたはずなのに。降り続く雨はとうにカッパを染み出して、私と、首に巻いた筒香のタオルを濡らしていた。寒かったけど、それはとても熱かった。

2017年CSファーストステージ阪神戦、泥の海から立ち上がる筒香嘉智

 筒香嘉智。素晴らしい、私たちのキャプテン。でもあなたは孤独じゃない。ロペスがいる、梶谷がいる、宮﨑も、石川も、筒香の背中を見て育ってる若手たちも、みんないる。ファンも、います。もしできることなら、その身を縛っている責任を少しほどいて、生身の筒香を私たちに見せてください。侍の8番、冗談じゃない。筒香は、侍の4番でもない。筒香はベイスターズの4番。そして。

 筒香は、安心です。私の、ベイスターズファンの、安心。

※「文春野球コラム クライマックスシリーズ2018」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイトhttp://bunshun.jp/articles/-/9269でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。