筒香が心配です。

 偉大な4番打者に、心配なんて失礼なことだってわかってる。だけど、心配なんです。ベイスターズファンだったらおそらく、おじいちゃんもおばあちゃんも、ギャルも小学生もバブル世代もロスジェネも、ポチもタマもブラジル人も宇宙人も、筒香が心配。愚痴の酒じゃなく、明日の酒を飲みたいのに、今年の筒香のことを考えるとふと時間が止まり、記憶がぐちゃぐちゃになり、言葉は宙に舞う。つかみそうでつかめない、I'm proud届きそうでつかめない苺のような、それが今年の筒香。

横浜DeNAベイスターズのキャプテン、筒香嘉智 ©文藝春秋

 筒香が心配です。

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 タオルをじっと見つめる。買った時は深い海の色だった横浜ブルーは白っぽく色落ちして、実家の洗面台にかけられた酒屋の粗品くらいに仕上った、筒香嘉智のタオルを。「まるでライナスの毛布だな」ハマスタで、このよれよれのタオルを見た友だちがそう言いました。保育園の運動会で子どもを応援しながら振り回しママ友からドン引きされたタオル。全然野球関係ない、アイドル取材の現場に持って行って「ここ球場じゃないから」と笑われたタオル。不安なとき、がんばりたいとき、がんばってほしいとき、いつもそばにあった筒香のタオル。水分を吸収するとか、タオル本来の役割はほとんど果たしていないのにすっかり仕上がったタオル。このタオルが吸収してきたのは、水分じゃなくて、喜び、悲しみ、悔しさ、驚き、希望、そして絶望。ワイドハイターEXでもプレミアム消臭でも落とすことはできない、念の匂いがする。

白っぽく色落ちした筒香タオルとねこ ©西澤千央

「頼むよ〜侍の8番打者」のヤジに思わず耳を塞いだ

 筒香が心配です。

 8月21日。いつものように、このタオルと一緒にハマスタの長いスロープを上っていました。前々カードの中日に負け越し、前カードの広島に負け越し、迎えた巨人戦。乗ろうとすると波が逃げていく。誰かのせいにはしたくないから、今年の運のなさを呪い、「運」みたいに不確実なものにしかぶつけられないやるせなさをただ噛みしめるような日々。スロープを上りながら空を見上げると、必ずそこには筒香がいます。柱を覆う大きな筒香に「今日こそはお願い」と語りかける。あなたが打てば流れは変わる。あなたが打てば、そっぽ向いた神様がまたベイスターズに微笑みかける。カバンの中で、ライナスの毛布はそのときをずっと待っていたのでした。

 筒香が心配です。

「頼むよ〜侍の8番打者」後ろの中年男性がせせら笑うように言い放ちました。満員のハマスタがじめっとした悪意にあふれて、思わず耳を塞いだ。3点のビハインド、ランナー2、3塁。少しあえぎながら投げているように見えた内海投手に、エラーも重なり、神様が笑う準備をしているのがわかりました。バッター筒香。ピッチャーから放たれたボールが急にゆっくりになって、それをいらっしゃいませって大きな身体に迎え入れ、スイングと同時にズゴンという音が鳴る。その瞬間、観客は波のように立ち上がる。頭の中でなら、いつでも鮮やかに描けるその光景は、たかだかと舞い上がったセンターフライであっけなく消えていきました。握りしめすぎてぐしゃぐしゃになった青いタオル。侍の8番か。冗談じゃない。筒香は侍の8番なんかじゃないのに。