9・11が引き金を引いたアメリカの「対テロ戦争」

 2001年9月11日、現地時間の朝、2機の民間航空機がニューヨークのワールドトレードセンタービルに突っ込んだ。両棟ともみるみる崩れ落ちる一方で、3機目はワシントンの国防総省ビルに突っ込み、さらにもう1機はペンシルベニアで墜落した。ハイジャックされた航空機でアメリカの政治経済の中枢に自爆攻撃を仕掛けるという前代未聞の方法で、2977人もの犠牲者を出したこの出来事は、セプテンバー・イレブン(9・11)、日本語では米国同時多発テロ事件と呼ばれる。

旅客機の衝突で炎上するワールドトレードセンター
UA_Flight_175_hits_WTC_south_tower_9-11.jpeg : FlickrユーザーTheMachineStops (Robert J. Fisch)派生作品:アップステートNYer, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

「日本による真珠湾攻撃以来の対米奇襲攻撃」という、9・11直後に米国内で広く語られた参照が正しいかどうかは別として、アメリカ本土が受けた外部からの攻撃の被害としては、最大規模であったことは間違いない。ブッシュ大統領は非常事態を宣言、デフコン3(高度な防衛準備態勢)が発令されて、平時とはいえない状況となった。陸空の交通手段は遮断、ありとあらゆるところで移動や通信、情報に規制が強化される厳戒態勢がとられた。

 FBIは、即座に犯人をアルカーイダのメンバーと断定、実行犯19人のすべてがアラブ人(うち15人がサウジ人)だったと公表した。ブッシュ政権はウサーマ・ビン・ラーディンが潜伏先とみなされたアフガニスタンのターリバーン政権に対して、ビン・ラーディンの引き渡しを要求したが、応じられなかった。そのため、10月7日にアフガニスタンに対する軍事攻撃を開始した。米軍が「不朽の自由(Enduring Freedom)」作戦と呼ぶ、アフガニスタン戦争である。主要な戦闘自体は、一か月程度で終結し、ターリバーン政権は事実上崩壊した。

ADVERTISEMENT

 9・11がアメリカ、そして世界に与えた衝撃は、事件がもたらした人的、経済的被害の大きさだけではない。それ以上に、その後のアメリカと世界を困難な道に導くことになったのは、ブッシュ大統領が宣言した「対テロ戦争」である。事件が発生した9・11その日に、ブッシュは国民向け演説を行い、こう述べた。「我々はテロリストとこれを匿(かくま)うものとの区別をしない」。

 続いて翌年6月の陸軍士官学校の卒業式では、「新たな脅威には新たな思考が必要だ……我々は敵陣に攻め入り、その計画を狂わせ、最悪の脅威が現れる前に立ち向かわなければならない。我々が突入した世界では、安全のためには行動の他はない」と、予防戦争の必要性を強調した。この方針は、同年9月の国家安全保障戦略に関する演説で、さらに明確になる。「敵に先制攻撃を許してはならない。……我々は、「差し迫った脅威」という概念を、今日の敵の能力や目的に合わせて適応させなければならない。……敵によるこうした敵対行為を未然に防ぐため、米国は必要に応じて先制的に行動する」。

 このいわゆる「ブッシュ・ドクトリン」は、戦争の概念そのものを大きく変えた。イラン、イラク、北朝鮮を名指しして呼んだ「ならず者国家」(rogue states)に対して、これらがテロを支援したり大量破壊兵器を保有したりする危険性が大なので、先制的に自衛権を発動して攻撃を行う必要がある、としたからである。国連の武力行使決議を受けて、イラク国内まで地上部隊を踏み込ませなかった湾岸戦争のときの、「国際法順守、国際協調」姿勢から180度の転換だった。

9・11から3日後にグラウンド・ゼロで演説を行うブッシュ
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=86044

 このことが、その後のアメリカの対外戦争に混乱をもたらした。誰が「ならず者国家」なのか、誰が「テロリスト」なのか、誰が「テロ支援者/国家」なのか、本当に大量破壊兵器を開発しているのか、その証拠は誰が確認するのか――。いずれも判断する上で、きわめて恣意的な要素が排除できない。だが「行動の他はない」。

 結果、米軍は明確な証拠や情報がないまま、世界中の「ならず者国家」ないし「テロ拠点」に軍隊を派遣し、多くの米兵と武器と、もっと多くの現地住民の命を失うことになった。この状態にうんざりした後継のオバマ政権もトランプ政権も、「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言したが、そもそも「対テロ対策」は本来警察の仕事であって、軍隊を出すべきものではない。定義の曖昧さゆえに、20年間にわたる米軍の「対テロ戦争」は、必要のない相手を殺害し、その仲間や親族から恨みを買い、必要のない政治介入を行い、支援すべきではない政治家を軍事力で支援した。それがさらなる反米行動を生むことになったのである。

はみ出す中東と世界

酒井 啓子

文藝春秋

2026年10月15日 発売

次の記事に続く 「バゲットをライフルに見立て……」若者はなぜ広場を“解放区”にできたのか? SNSと普通の人々が起こした中東の奇跡「アラブの春」の真実